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墨子

ぼくし

墨子·古代

兼愛と非攻を説いた墨家思想の根本経典

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哲学

この著作について

戦国時代の思想家・墨子《ぼくし》と、その弟子集団である墨家《ぼっか》の教えを集めた書。儒家と並ぶ当時の二大学派の思想が、この一冊に凝縮されている。

【内容】

中心にあるのは「兼愛《けんあい》」と「非攻《ひこう》」、つまり身内だけでなく他人をも等しく愛すること、そして侵略戦争を絶対に認めないことである。加えて、家柄ではなく能力で人を登用せよという「尚賢《しょうけん》」、葬儀や音楽の過剰な出費を抑えよという節約主義、そして宿命に流されず行動せよという「非命《ひめい》」の思想が並ぶ。さらに特徴的なのは、言葉の意味や論理を厳密に扱う「墨経《ぼくきょう》」と、城を守るための防衛技術を詳しく記した軍事篇が共存していることで、理念と実用が一体となっている。

【影響と意義】

儒家の説く「身近な者から愛する」段階的な愛に対し、身分も国境も超えた平等な愛を掲げた点は、当時としては革命的だった。漢代以降は長く忘れられていたが、清末の激動期に再発見され、近代中国の平等主義や科学精神の先駆として蘇った。西洋の功利主義や平和思想と比較されることも多い。

【なぜ今読むか】

「身内だけに向けた愛は本当に愛と呼べるのか」という問いは、家族主義や国家主義のはざまで揺れる現代にも鋭く刺さる。戦争反対の論理を抽象論ではなく防衛技術まで含めて示す姿勢は、平和をどう守るかを考える手がかりになる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は十論と呼ばれる十の主題が中心をなす。それぞれが上中下の三篇に分かれ、墨家集団の議論が異なる伝承で繰り返し記録されている。最初に置かれる尚賢篇では、家柄や血縁ではなく能力で人を登用せよと説く。農夫であれ職人であれ、賢ければ高位に就かせる。逆に位ある者でも無能なら降ろせ。世襲制の中国社会に向けた、当時としては劇的な提案だ。

続く尚同篇は、人々の意見をまとめあげる仕組みを論じる。村長は里長に従い、里長は郷長に従い、最後に天子の意志に従う。だが天子もまた天の意志に従うとされ、上意下達は最終的に天という超越的審判者に開かれる。兼愛篇では「自分の親を愛するように他人の親を愛せよ」というラディカルな命題が掲げられ、世の乱れの原因はすべて愛が偏ることにあると診断される。儒家のいう段階的な愛では足りないというのだ。

非攻篇は侵略戦争への徹底批判に充てられる。一人を殺せば不義として処罰されるのに、なぜ国家規模の殺戮は「義」と称えられるのか。墨子はこの倫理的不整合を畳みかけ、攻めることが利を生むという議論には経済的損失を計算してみせる。節用・節葬・非楽の三篇は儒家の礼楽主義への対抗で、過剰な葬儀や音楽の費用を抑え、生産と防衛に資源を回せと主張する。天志・明鬼の篇では人格的な天と鬼神を持ち出し、彼らが正義を見届けて賞罰を下すと説く。倫理を超越的な根拠で支えようとする発想だ。

後半には墨経と呼ばれる論理学・知識論・自然学の断章群があり、定義と推論の規則、力と運動、視覚の原理までが扱われる。さらに備城門篇以下では、城壁の構造、火攻めへの対処、斥候の運用といった防衛技術が驚くほど詳細に述べられる。兼愛非攻を唱える集団が同時に防衛工兵集団でもあった事実が、この奇妙な共存を生んだ。理念と技術が並走する構成こそが、本書のいちばんの個性である。

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