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顧

『顧みれば』

かえりみれば

エドワード・ベラミー·近代

19世紀末アメリカ社会主義ユートピア小説のベストセラー

文学社会思想

この著作について

エドワード・ベラミー(Edward Bellamy)が1888年に刊行したユートピア小説(原題『Looking Backward: 2000–1887』)。刊行直後から全米で爆発的に売れ、『アンクル・トムの小屋』と並ぶ十九世紀アメリカの最高ベストセラーの一つとなり、「ベラミー・クラブ」と呼ばれる読者運動をアメリカ各地に生んだ社会主義的ユートピアの古典である。

【内容】

主人公の裕福なボストン青年ジュリアン・ウェストは1887年に催眠術による深い眠りに入り、2000年のボストンで目を覚ます。そこでは土地と生産手段の国有化による産業国家が完成し、すべての市民が「産業軍」に21歳から45歳まで平等に勤労し、賃金は一律のクレジットカードで配分される。戦争・犯罪・貧困・ストライキが消滅し、教育・医療・芸術・退職後の生活が国家によって保障されている。主人公を案内する医師リートは、十九世紀の階級社会・企業独占・労働争議・労働者の疎外を「百年前の野蛮」として歴史の眼で語り、ジュリアンは次第に自分が置き去りにした時代の不正義を認識していく。

【影響と意義】

本書はアメリカにおけるデブス社会主義、ポピュリスト運動、初期テクノクラシー運動の知的背景となった。イギリスではモリス『ユートピアだより』がこれへの批判的応答として書かれ、ケインズ、ヴェブレン、デューイらの社会構想にも長い影を落としている。

【なぜ今読むか】

格差と独占が再び社会の中心問題となる現在、十九世紀末の読者が抱いた別の経済秩序への切実な想像力は、私たちの想像力を再起動させる種火となる。

どの訳で読むか

文庫で読みたいなら岩波文庫の山本訳だが、版元では品切れなので、図書館や古書で探すことになる。ベラミーの「ナショナリズムについて」も合わせて読みたい人には、研究社出版のアメリカ古典文庫に入った中里訳がある。どちらも古い本なので、書名は「顧りみれば」と「かえりみれば」の二つの表記で探すとよい。

  • 山本政喜訳岩波書店・岩波文庫、1953年

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    1953年2月に岩波文庫の1冊(赤332-1、338頁)として出た。題は「顧りみれば」と書く。岩波書店のサイトでは品切れと表示されている(2026年10月時点)。

  • 中里明彦訳研究社出版・アメリカ古典文庫7、1975年

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    題は「かえりみれば 2000年より1887年」で、同じ巻にベラミーの「ナショナリズムについて」も入り、本間長世の解説が付く。300頁。CiNii Booksでは大学図書館など318館が所蔵している(2026年10月時点)ので、図書館で探しやすい。

ほかに、明治期の訳として、平井広五郎訳「百年後之社会」(警醒社、1903年)と、堺枯川(堺利彦)抄訳「百年後の新社会」(平民社、1904年)がある。

さらに深く

【内容のあらまし】

本は2000年12月26日付の序文で始まる。序文はボストンのショーマット大学歴史部の名で書かれ、この百年の進歩を顧みることほど、次の千年を見通す確かな足場はないと述べる。

第1章で語り手のジュリアン・ウェストは、1857年ボストン生まれだと名乗り、1957年の誤りではないと念を押す。彼は当時の社会を巨大な馬車にたとえる。大衆が綱で引き、御者は飢えである。屋根の乗客は、引く者に辛抱せよと声をかけてあの世での報いを説く。婚約者エディス・バートレットも、屋根に乗る側の人だった。

1887年5月30日の夜、彼は婚約者の家で、建築職人の新たなストライキで新居の完成がさらに遅れそうだという記事を読む。帰宅した彼は、土台の下に造った寝室で、催眠術に長けたもぐりの医者ピルズベリーに眠らせてもらう。

目覚めると見知らぬ男が、今日は2000年9月10日、あなたは113年3か月11日眠っていたと告げる。男と屋上の見晴らし台に上ると、チャールズ川はうねり、港の島々は一つも欠けていなかった。男は医師リートで、その娘の名もエディスだった。

リートによれば、国民は、ほかのすべての会社を呑みこんだ一つの大企業として組織され、あらゆる資本家に代わるただ一つの資本家となった。移行に暴力は一切なかったという。市民は21歳から45歳まで産業軍で働き、最初の3年を除いて志願で仕事を選ぶ。なり手を集めるためなら、つらい仕事の1日の労働時間を10分にまで縮めてもよい。それでも誰も望まなければ、その仕事は行われないままになる。

第8章の朝、目覚めた彼はしばらく自分が誰かわからず、街を2時間歩き、走りまわる。戻った彼は、エディスの手にすがって落ち着きを取り戻す。その日、各人が分け前を受け取る根拠を尋ねると、リートは、人間であることだと答える。売り買いも銀行もなく、年ごとに全員が同じ額の信用を与えられ、カードで物を受け取るのだ。雨の日、リートは、19世紀のボストンでは雨が降ると30万の頭に30万本の傘を差したが、20世紀は全員の頭上に一本の傘を差すのだと言う。

第20章では、自分が見つかった庭の地下室をエディスと訪れ、4日で百年を生きたようで昔の暮らしが遠く思えると言う。第26章の日曜日、一家は、電話でしか説教をせず聴衆がしばしば15万人に及ぶ牧師バートンの説教を家で聞く。説教には、沼に植えられた人類というバラの木を暖かく乾いた土に植え替えると、やはりバラの木だったとわかる、というたとえ話がある。その日の午後、彼は、忌まわしい時代の代表である自分が、周りの人々に憐れみと好奇心と嫌悪を抱かせているに違いないと感じる。

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