『戦争と平和の法』
せんそうと へいわの ほう
グロティウス·近代
国際法の基礎を築いた近代法学の記念碑的著作
この著作について
オランダの法学者フーゴー・グロティウスが亡命先のパリで17世紀前半に公刊した、近代国際法を創始する記念碑的著作。
【内容】
三十年戦争の只中で書かれ、戦争は避けがたい現実であるとしても、それを規律する普遍的な法が存在すると論じる。全3巻からなり、第1巻は戦争の意味と正当性の一般原理、第2巻は戦争に至る原因となる所有権侵害・契約違反・犯罪処罰など私法的な論点、第3巻は戦時に許されることと禁じられること、および講和と条約のルールを扱う。聖書、ローマ法、古代ギリシア・ローマの歴史家、教父、スコラ法学者を縦横に引用する膨大な論証を伴う。
【影響と意義】
戦争を単なる力の衝突ではなく法の対象として扱う視点を整え、1648年のウェストファリア条約に象徴される近代主権国家体系の規範的枠組みを先取りした。国連憲章・ジュネーブ諸条約・ニュルンベルク裁判といった20世紀の国際秩序にも、本書の思想的系譜は脈々と流れ込んでいる。
【なぜ今読むか】
「たとえ神が存在しないとしても自然法はその妥当性を失わないだろう」という序論の一節は、世俗的な普遍法の可能性を初めて正面から宣言した近代の出発点として今も引用される。戦争と国際法をめぐる議論が絶えない現代に、改めて立ち返るべき原点。
さらに深く
【内容のあらまし】
序論はそれ自体が独立した小論として読まれてきた。グロティウスは、戦争を法の対象としないキリスト教世界の風潮を嘆くところから始める。多くの人は、戦争では暴力がすべてを覆い隠すと考えている。しかし、私人どうしの間にも国家どうしの間にも、自然と理性に基づく普遍的な法が存在し、戦時にもそれは妥当する。「たとえ神が存在しないとしても、あるいは神が人間の事柄に関心を持たないとしても、自然法はその妥当性を失わないであろう」という大胆な仮定がここで発せられる。
第1巻は戦争一般の理論である。「戦争」とは武力をもって争う者たちの状態であると定義され、戦争には正と不正があると論じられる。戦争主体は国家・主権者・私人の三段階に分けられ、それぞれの開戦権が検討される。聖書の戦争事例とローマの法理が並んで引用され、宗教戦争と世俗戦争の区別がつけられる。
第2巻は戦争原因にあたる私法上の主題を一冊の体系として展開する。所有権はどう発生するか、海洋は誰のものか、契約と約束はなぜ守らねばならないか、損害はどう賠償されるべきか、刑罰の根拠はどこにあるか、外交使節の不可侵性はどう正当化されるか。とりわけ『海洋自由論』の議論がここに統合され、海はどの国家にも独占されえないという結論が改めて示される。約束遵守の原則は国家間でも個人間と同じく成り立ち、これが国際秩序の支柱だと位置づけられる。
第3巻は戦時のルールにあてられる。たとえ正戦であっても許される行為と許されない行為があると線が引かれる。捕虜の扱い、女性と子供の保護、文化財・宗教施設・農地の保全、毒物と暗殺の禁止、人質の扱い、降伏勧告と休戦の交渉手続きまで、具体的な事例が古代の事跡を踏まえて整理される。最後の数章は講和条約の理論で、講和は単なる戦闘停止ではなく、双方の権利を新しく確定する法的合意であると定義される。書は、人類は戦争において獣以下になりうるが、節度を回復しうる理性も併せ持っている、という穏やかな祈りに似た結びで閉じられる。
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