『イギリスにおける労働者階級の状態』
いぎりすにおけるろうどうしゃかいきゅうのじょうたい
エンゲルス·近代
産業革命期の労働者の生活をルポした社会分析の古典
この著作について
フリードリヒ・エンゲルスが父の紡績工場を管理するために滞在したマンチェスターでの観察をもとに、1845年に24歳で公刊した社会調査的著作。産業革命下のイギリス労働者の生活を克明に描いた歴史的ルポルタージュ。
【内容】
エンゲルスは議会資料、新聞記事、医師の報告、労働者への直接取材をもとに、大工業都市マンチェスター、バーミンガム、ロンドンの労働者居住区の衛生状態、労働条件、家族関係、飲酒、犯罪、疾病を具体的に描き出す。長時間労働、児童労働、貧困、劣悪な住宅、流行病の蔓延を並べたうえで、これらが個人の不道徳の結果ではなく、資本主義的生産様式の必然的帰結であることを示した。さらに労働者階級がやがて自らの階級意識を持ち、団結して闘うであろうと予測する。
【影響と意義】
マルクスと協働して『資本論』へ至る経済学批判の素材を提供した一冊で、のちの社会調査や労働問題研究の祖型ともなった。都市社会学、公衆衛生、社会政策の古典的文献として今も参照される。
【なぜ今読むか】
格差、ワーキングプア、プラットフォーム労働の問題に直面する現代において、「働く者の生活をそのまま記述する」という手法の力は決して古びない。抽象論ではなく生活から出発する社会批判の手本として読みたい。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は序論と十二章からなる現地報告である。エンゲルスは父の紡績工場を管理するために一八四二年から一八四四年までマンチェスターに滞在し、休日や夜の時間を使って労働者居住区を歩き回った。序論で彼はまず、産業革命を一七六〇年代の蒸気機関とジェニー紡績機にまでさかのぼって描き、それまでのイギリスの牧歌的な家内工業がいかに解体されたかを概観する。農村から都市への大量移動と、工場制大工業による職人の没落が、本書全体の前提となる。
中心はマンチェスター描写の章である。エンゲルスは中産階級の住む同心円の外側に「労働者の市」が広がっていると指摘する。アイルランド人街リトル・アイルランド、アンコーツ、ソルフォードの裏通り。木造の倉のような家屋、共同の汚水溜め、便所一基を百人で使う共同住宅、地下室に棲む家族。彼は通りの名と家の番地まで具体的に挙げ、議会衛生委員会の報告と照合しながら、住民の生活水準を冷静に描き出す。
中盤では労働の現場が描かれる。紡績工場で十二時間以上立ちっぱなしで働く女性と児童、機械に巻き込まれた指、長時間労働で肺を病む若者。鉱山労働の章では狭い坑道を四つん這いで石炭車を引く子どもの姿が、農村副業の章では家庭で寝食を忘れて織物を続ける家族の姿が描かれる。エンゲルスは医師の証言、検死記録、議会調査委員会の聞き取りを引用し、貧困が個人の怠惰ではなく労働の構造から生まれていることを示す。
終盤には労働者運動の章が置かれる。労働組合の結成、ラッダイト運動による機械破壊、十時間労働法をめぐる議会闘争、チャーティスト運動による普通選挙要求、オウエン主義の協同組合実験。エンゲルスはこれらを未熟な試みと批判しつつ、労働者階級が自らを階級として意識し始めたことの重要さを強調する。結びで彼は、社会的格差をこのまま放置すれば必ず革命的な衝突が来ると予言する。本書はマルクスとの出会いの直前に書かれたため、後年の体系的な経済学批判の準備として位置づけられる。