『コメンタリオルス』
近代
『天体の回転について』に先立つコペルニクス地動説の初期要綱
この著作について
ニコラウス・コペルニクスが1514年ごろに書き残した地動説の初期要綱。『天球の回転について』(1543)に先立つこと30年近く、太陽中心説の骨子を初めて世に示した写本である。
【内容】
全体は7つの公理と簡潔な説明からなる小冊子で、「宇宙には単一の中心はない」「地球は宇宙の中心ではない」「太陽こそが宇宙の中心である」といった命題を、論証抜きで次々と提示する。惑星の見かけの複雑な運動は、地球が太陽のまわりを回り同時に自ら自転することで自然に説明できるとする見通しが示される。幾何学的細部を詰めず、直観的かつ綱領的に自分の新宇宙像を示した草稿的性格を持つ。現存する写本は限られ、長く学界の目に触れない時期が続いた。
【影響と意義】
主著『天球の回転について』の刊行に先立ち、手稿として限られた学者のあいだで回覧され、ティコ・ブラーエの観測計画やケプラーの探究の出発点となった。科学革命の発端を示す歴史的文書として保存・翻訳され続けている。
【なぜ今読むか】
「通念を覆す仮説は、どれほど未完成な形で最初に姿を現すか」を生々しく伝える、知の原型標本。
さらに深く
【内容のあらまし】
ラテン語の全題は「自ら立てた天体運動の仮説についてのニコラウス・コペルニクスの小論」である。短い序と7つの要請を述べる最初の節のあと、天球の順序から水星まで、題のついた7つの節が続く。
序は、昔の人々が多くの天球を置いたのは、星の見かけの動きを規則正しい運動で説明するためだったと確かめる。同心円では星が高く昇ったり低く下ったりして見えることを説明できず、離心円と周転円の説が大勢を占めた。だがプトレマイオスらの理論は、数の上では合うものの、エカントという円を想定しなければ足りず、星は自分を運ぶ円の上でも中心のまわりでも一定の速さで動かないことになる。著者は、いくつかの要請を認めてもらえるなら、昔より少なく、はるかに都合のよい仕組みで説明できると思い至ったと語る。
要請は七つある。天のすべての球に一つの中心があるのではないこと、地球の中心は世界の中心でなく重さと月の軌道の中心にすぎないこと、すべての軌道が万物の中央にある太陽を囲むこと、恒星天は地球と太陽の距離が感じられないほど遠いこと、天の日周運動も、太陽の動きも、惑星の逆行と順行も地球の運動によることである。数学的な証明は簡潔さのために省き、より大きな書物に回すと断る。ピタゴラス派のように軽はずみに地球の運動を唱えたと思われないよう、円の説明のなかで大きな論拠を示すとも言う。
天球の順序の節では、動かない恒星天の下に土星、木星、火星、地球を運ぶ天球、金星、水星が並び、月は地球のまわりを回りながら地球とともに運ばれる。内側の星ほど速く、土星は30年目、水星は3か月目に一巡りする。次の節は地球に、太陽のまわりの年周運動、毎日の自転、約23度半傾いた地軸にかかわる傾きの運動という三つを与える。続く節は、運動の一様さを分点でなく恒星で測れと説く。1年の長さの値が食い違うのは観測の誤りでなく分点の動きのためだとして、スピカを基準に1年はいつも365日6時間とおよそ10分だったと出す。月の節は、月が年ごとの一巡りのほかに四つの動きをすると説き、離心円で説明する人々は二つの明白な誤りに陥ると批判する。外惑星の節は、星がときに逆戻りして見えるのは星自身の運動ではなく地球の運動のせいだとし、その逆行が土星より木星で、さらに火星で大きいことを軌道の大きさの比で説明する。金星は太陽から48度を超えて離れて見えず、水星の道筋は天でいちばん驚くべきものだという。
最後に円が数え上げられる。水星7つ、金星5つ、地球3つ、月4つ、火星・木星・土星が5つずつ。合わせて34の円で、宇宙の全構造と星々の輪舞のすべてが説明できると締めくくる。
著者
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