トランスヒューマニズム
テクノロジーで人間の能力と寿命を拡張する思想
この思想とは
科学技術によって人間の身体的・認知的限界を超克し、ポストヒューマンへの進化を目指す思想。
【生まれた背景】
啓蒙思想の進歩主義とSF文学の想像力を源流とし、1990年代にボストロム・モアらが哲学的に体系化した。遺伝子工学・AI・ナノテクノロジー・脳科学の急速な発展が背景にある。
【主張の内容】
人間の老化・病気・認知的限界は技術的に克服可能な問題であるとし、寿命延長・知能増強・感覚の拡張を積極的に追求すべきとする。ボストロムは人間がポストヒューマン(現在の人間の限界を超えた存在)へと変容する可能性を論じた。モラヴェックはマインドアップローディング(意識のデジタル化)を構想し、カーツワイルは技術的特異点(シンギュラリティ)の到来を予測した。形態学的自由(自らの身体を自由に改変する権利)を基本的権利として主張する論者もいる。民主的トランスヒューマニズムは技術の恩恵の平等な分配を重視する。
【日常での例】
「テクノロジーで老化を止めたい」「AIと人間が融合する未来」への期待はトランスヒューマニズム的。
【批判と限界】
格差の拡大(強化された人間とそうでない人間)、人間性の喪失、生の有限性の意味の軽視が批判される。
さらに深く
【思想の深層】
トランスヒューマニズムは「人間は技術によって根本的に強化・変容されるべきだ」という哲学的・運動的立場である。その中心的な主張は四点にまとめられる。①老化の克服と寿命の大幅な延長(「死は病気だ」という立場)。②認知能力の強化(スマートドラッグ・脳インターフェース)。③感情・心理状態の最適化(神経工学・薬物)。④意識のデジタルへのアップロード(究極のトランスヒューマニズム)。哲学的な背景としては啓蒙思想の理性信仰・進歩主義・科学主義の延長線上にある。ニック・ボストロムは「人間の能力の現在の制限は悲劇的だ」と論じ、苦痛・老化・死は改善されるべき問題とみなす。これに対してバイオコンサバティブ(生命倫理保守派)は、人間の自然的条件の変容には本質的な危険が伴うと主張する。
【歴史的展開】
トランスヒューマニズムという語を最初に使ったのは生物学者ジュリアン・ハクスリー(1957年)とされる。1980年代のナノテクノロジー運動(ドレクスラー)や人工知能研究と結びつき、1990年代にカリフォルニアを中心にムーブメントとして確立した。ニック・ボストロム(オックスフォード大)が哲学的基盤を整備し、レイ・カーツワイルは「技術的特異点(シンギュラリティ)」、すなわちAIが人間の知性を超える転換点の到来を2045年と予測した(2005年)。Googleはカーツワイルをエンジニアリングディレクターとして採用し、老化研究のCalico社を設立している。
【現代社会との接点】
CRISPR-Cas9ゲノム編集技術は遺伝性疾患の治療を超えて「デザイナーベビー」の可能性を開いた(2018年の賀建奎による受精卵ゲノム編集は世界に衝撃を与えた)。ニューラリンク(イーロン・マスク)はBCI(脳コンピューター接続)の臨床応用を進めている。AIの急速な発展は「人工汎用知性(AGI)」や「超知性」の議論を現実のものとした。これらは人間とは何か・人格の同一性・人権の根拠といった哲学的問いを喫緊の課題にしている。バイオエシックス・AI倫理・長寿研究は現代社会の政策的・倫理的争点となっている。
【さらに学ぶために】
ニック・ボストロム『スーパーインテリジェンス』(倉骨彰訳、日本経済新聞出版社)はAI超知性のリスクを論じた現代の必読書。レイ・カーツワイル『シンギュラリティは近い』(NHK出版)は技術的特異点論の原典。マイケル・サンデル『完全な人間を目指さなくていい理由』(林芳紀・伊吹友秀訳、ナカニシヤ出版)は生命倫理保守の立場から遺伝子強化に反論する。
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