言語相対性仮説
使う言語が思考や世界の認識を規定するという仮説
この思想とは
人間の思考や世界認識は母語の構造によって規定されるとする仮説。
【生まれた背景】
20世紀前半、言語学者サピアとウォーフが北米先住民の言語を研究する中で、言語構造と世界観の関係に着目した。異なる言語を話す人々が時間・空間・色彩などを異なる仕方で認識していることが観察された。ウィトゲンシュタインの「言語の限界が世界の限界」という洞察とも共鳴する。
【主張の内容】
強い版(言語決定論)は言語が思考を完全に決定するとし、弱い版(言語相対論)は言語が思考に影響を与えるとする。例えば色の名前が多い言語の話者は色の弁別能力が高く、未来時制のない言語の話者は貯蓄率が高いという研究がある。チョムスキーは普遍文法の立場からこの仮説に反論し、言語能力の生得性を主張した。
【日常での例】
外国語を学ぶと新しい概念や発想が生まれる経験、翻訳不可能な言葉の存在がこの仮説を実感させる。
【批判と限界】
強い版は反証が多く支持されていない。言語と思考の因果関係の方向性が不明確で、文化的要因との切り分けが困難である。
さらに深く
【思想の深層】
言語相対性仮説(サピア=ウォーフ仮説)の哲学的意義は「認識の客観性への問い」にある。もし言語が思考を規定するなら、異なる言語を話す人々は文字通り「異なる現実」を経験するのか? 強い版(言語決定論)はウォーフが北米先住民ホピ族の言語に時制がないことから、彼らが時間を異なる仕方で経験すると論じた(しかしこれは後に批判された)。弱い版(言語相対主義)は「言語は思考に影響を与える」として、現代の認知科学で部分的に支持されている。ロシア語には青の明度で異なる語彙がある(goluboy/siniy)。ロシア語話者は青の明度区別を英語話者より速く認識するという実験結果がある。グリーンランド語の雪の語彙の多様性(有名な話だが過大に語られる)、方向表現を使う言語(東南西北の絶対方位)を話す人々の空間認識の差異なども議論される。チョムスキーの普遍文法(生成文法)はこの仮説に対抗する。表面的な言語の差異の下に、すべての人間に共通の深層文法が存在するとする。
【歴史的展開】
ヘルダーとフォン・フンボルト(19世紀)が言語と世界観の関係を最初に論じた。サピア(1929年)が言語と文化の関係を論じ、弟子のウォーフ(1940年代)がより急進的な決定論を主張した。チョムスキーの生成文法(1957年〜)が反証として台頭。1990年代以降、実験的認知科学によって弱い版の実証研究が進んだ(レラ・ボロディツキーらの研究)。
【現代社会との接点】
多言語話者が言語を切り替えると「別の人になったよう」と感じる経験は言語相対論を日常的に実感させる。AIの多言語モデルにおいて言語ごとに異なる「バイアス」が生じるという研究も言語と認識の関係を示す。「言語が思考を作る」という発想はポジティブ心理学の「アファメーション」やNLPにも影響している。
【さらに学ぶために】
ウォーフ『言語・思考・現実』(池上嘉彦訳、講談社学術文庫)は原典として重要。レラ・ボロディツキー「言語は思考を形作るか」(TED Talk)は現代的実証研究の分かりやすい紹介。今井むつみ『言語の本質』(中公新書)は言語と思考の問いを現代認知科学から論じる日本語の好著。
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