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『シンボル形式の哲学』

しんぼるけいしきのてつがく

エルンスト・カッシーラー·現代

神話・言語・科学を人間の象徴形式として体系化したカッシーラー主著

哲学文化

この著作について

エルンスト・カッシーラー(Ernst Cassirer)が1923年から1929年にかけて刊行した全三巻の主著(原題『Philosophie der symbolischen Formen』)。第一巻「言語」、第二巻「神話的思考」、第三巻「認識の現象学」からなる、二十世紀ドイツ観念論の総決算的著作である。

【内容】

カッシーラーは、人間を「理性的動物」ではなく「象徴的動物(animal symbolicum)」として再定義する。人間は世界を直接受け取るのではなく、常に神話・言語・芸術・宗教・歴史・科学という複数の象徴形式を通じて世界を構築する。第一巻では言語が感覚的印象を概念的世界に組織する働きが、第二巻では神話的思考が空間・時間・因果関係を独自の論理で編成する様子が、第三巻では近代科学的認識が関数概念と理念化を通じてどのように客観性を築くかが論じられる。全体として、異なる象徴形式を相互に還元せず、それぞれの固有の構成原理を尊重しながら対等に位置づける視座が示される。マールブルク学派の新カント主義を継承しつつ、ヒルベルト数学・現象学・言語学・民族学の成果を大胆に取り込んだ学際的建築である。

【影響と意義】

本書はゴンブリッチの美術史、ゲオルク・シンメルの文化社会学、スーザン・ランガーの記号論、ハンス・ブルーメンベルクの神話論、ネルソン・グッドマンの世界製作論、チャールズ・テイラーの多元的近代論に直接の系譜を残した。ハイデガーとの1929年ダヴォス討論は二十世紀哲学の転換点として記憶されている。

【なぜ今読むか】

生成AI・SNS・可視化文化が象徴の生産様式を根本から変えつつある現在、人間を象徴的動物として捉え直す視座は原理的な補助線を与えてくれる。

どの訳で読むか

全3巻を通して読める日本語訳は、岩波文庫の4冊(第1巻「言語」、第2巻「神話的思考」、第3巻「認識の現象学」の上と下)になる。巻によって訳者の組み合わせが違うので、読みたい巻の書名で選べばよい。

  • 生松敬三・木田元訳(第1巻 言語)岩波書店・岩波文庫、1989年

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    原著は1923年。486頁。序論と、言語を論じる第1部を収める。CiNiiに載る内容紹介は、豊富な資料を駆使して広い視野から言語哲学を構築した巻とし、全4冊のうちの第1巻にあたる「待望の完訳版」とうたう。

  • 木田元訳(第2巻 神話的思考)岩波書店・岩波文庫、1991年

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    原著は1925年。495頁。CiNiiに載る内容紹介は、空間・時間・数のほか、所有権のような法や共同体の概念、経済・芸術・技術も神話的意識から発生したとして、神話的・宗教的意識の展開を考察する巻と説明する。

  • 木田元・村岡晋一訳(第3巻 認識の現象学 上)岩波書店・岩波文庫、1994年

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    原著は1929年。上巻に序論、第1部「表情機能と表情世界」、第2部「表出機能の問題と直観的世界の構造」を収める。

  • 木田元・村岡晋一訳(第3巻 認識の現象学 下)岩波書店・岩波文庫、1997年

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    第3巻の後半で、上巻の3年あとに出た。

ほかに、戦前の矢田部達郎訳「象徴形式の哲學」(培風館、1941年、言語・神話・認識の3冊)と、竹内書店の「象徴形式の哲学」第1巻(1972年、生松敬三ほか訳)がある。

さらに深く

【内容のあらまし】

第1巻の序文(1923年4月)でカッシーラーは、この仕事の出発点を、数学と自然科学の思考の構造を調べた1910年の自著に置く。その成果を精神科学に生かそうとすると、従来の認識論の枠では足りず、世界を「理解する」根本形式を区別して、それぞれに固有の傾向をつかむ必要が出てきたと書く。計画では、第1巻は言語の形式の分析にとどめ、著者が1年ほどで出したいと望む第2巻が神話と宗教の思考の現象学の構想を、第3巻が科学的思考の形式論にあたる本来の認識論を扱う。

序論は、存在を問う哲学の歩みのなかで、近代の科学が基礎概念を存在の写しでなく自分でつくった象徴と自覚したことを、ヘルツの力学を引いて述べる。芸術や神話や宗教にも、ただ映すのでなく像の世界をつくる同じ働きを見て、カントのコペルニクス的転回を精神のあらゆる形成へ広げ、「理性の批判はこうして文化の批判となる」と宣言する。以下、記号と意味の問題、意識の組み立てを経て、模写説の克服で閉じる。

本論はまず、プラトンからフンボルトを経て近代言語学の成立に至る言語論の歴史をたどり、続いて言語を、身振りと結びついた感覚的表現、空間や時間や数を言い表す直観的表現、概念と関係を表す段階の順に調べる。シュタインタールによれば、マンデ系の言語は「後ろ」を背中や後部を意味する名詞で、「前」を目を意味する語で表す。数え方も体が手本になり、エウェの人々は左手の小指から順に指を折り、右手に移り、両手が終わると、初めからやり直すか、しゃがんで足の指へ進む。

第2巻の序文はヘーゲルの『精神現象学』の序文を長く引き、学問と感覚的意識の関係についての命題が、認識と神話的意識の関係にもそのまま当てはまると言う。学問は感覚的直観よりも神話的直観から始まるので、梯子はもう一段低く掛けねばならないという。本論は、所有権のような法や共同体の概念、経済や芸術や技術までが、神話的意識のうちから生まれてきたと見る。神話の世界では、出来事は感情を帯びた表情として経験され、部分がそのまま全体の力をもち、名と物のあいだにも働きの点で本質的な違いがない。

第3巻の序文は、「現象学」を現代の用法でなくヘーゲルの意味で使うと断る。第1部は知覚する意識の土台にある表情という現象を、第2部は物と属性、空間、時間からなる直観の世界の組み立てを扱い、シンボル意識の病理学にも及ぶ。そのうえで、感覚的な直観の枠を離れた純粋な関係の概念からなる数学や物理学へ進み、物理学はより普遍的な記号へ進んで統一を得るが、自分の影を飛び越えることはできず、概念と記号の働きそのものは手放せないと述べる。

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