『ヒステリー研究』
ひすてりーけんきゅう
ジークムント・フロイト、ヨーゼフ・ブロイアー·近代
精神分析誕生前夜の症例研究で無意識と対話療法の可能性を示した
この著作について
ジークムント・フロイトが先輩医師ヨーゼフ・ブロイアーと共著で1895年に公刊した精神分析誕生前夜の重要著作。アンナ・O嬢をはじめとする五つの症例報告を軸に、無意識の発見と対話療法の可能性を最初に世に示した。
【内容】
症例アンナ・O嬢(ブロイアー担当)の章で、催眠下で過去の外傷的記憶を言語化することによって身体症状が消失するという画期的発見が報告される。フロイトはその臨床知見を発展させ、催眠を用いずに自由連想と抵抗分析によって同じ目的を達しうると主張し、「精神分析」の胚芽となる方法論を提示した。巻末の「理論編」では、症状・抑圧・転換・防衛といった後の精神分析の鍵概念が先駆的に定式化される。症例エリザベート・フォン・Rの章は特に評価が高い。
【影響と意義】
精神分析運動の出発点であると同時に、20世紀の心理療法・心の科学全体にとって最初期のマイルストーン。女性患者の「語ること」から治療が生まれたという事実は、後のフェミニズム的再読にも開かれている。
【なぜ今読むか】
「語る治療」の原点としていまも臨床・文学研究の両面で読み継がれる。
どの訳で読むか
全体を読むなら、1895年の初版と同じ章の並びで収めた金関猛訳がよい。中公クラシックスの1冊本とちくま学芸文庫の上下2冊があるが、前者は丸善ジュンク堂書店のネットストアで売り切れ、後者は版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)。フロイト全集の一巻として読むなら岩波書店の芝訳で、いまは注文に応じて作るオンデマンド版が出ている。懸田克躬訳は、人文書院の著作集でも日本教文社の選集でも、アンナ・O嬢の症例の位置や収録が初版と違うので、目次を見て選ぶとよい。
芝伸太郎訳岩波書店・フロイト全集第2巻、2008年(2024年に岩波オンデマンドブックス版)
Amazonで探す2008年12月に全集の第2巻として出た。2024年1月に岩波オンデマンドブックス版が出ており、版元のサイトの在庫欄は「オンデマンド制作」となっている。版元の紹介文は、アンナ・Oを「お話し療法」を自ら考案した症例として挙げ、5つの症例を収めると説明している。
金関猛訳中央公論新社・中公クラシックス〈初版〉、2013年
Amazonで探す2013年6月刊、535頁。版元ドットコムの目次は4章で、共同論文、病歴(アンナ・O嬢から始まる5例)、理論的考察、ヒステリーの精神療法の順に並び、1895年の初版の構成のままである。丸善ジュンク堂書店のネットストアは売り切れと表示している(2026年10月時点)。
金関猛訳筑摩書房・ちくま学芸文庫(上下2冊)、2004年
Amazonで探す2004年2月に上巻(336頁)と下巻(320頁)が出た。上巻に序文、共同論文、病歴を、下巻に理論的考察、ヒステリーの精神療法、第2版への序文を収め、訳者解説、参考文献、索引もつく。版元のサイトは上下巻とも品切れと表示している(2026年10月時点)。
懸田克躬訳人文書院・フロイト著作集第7巻(新装版)、2024年
Amazonで探す2024年1月31日に出た新装版。小此木啓吾訳の「科学的心理学草稿」を同じ巻に収める。目次では病歴がエミー・フォン・N夫人から始まってアンナ・O嬢で終わり、そのあとに心理療法の章が続く。ブロイアーが書いた理論の章は目次に見当たらない。
懸田克躬訳日本教文社・フロイド選集第9巻(デジタル・オンデマンド版)、2014年
Amazonで探すA5判420頁で、2014年12月に出たデジタル・オンデマンド版。目次の病歴はエミー・フォン・N夫人からエリーザベト・フォン・R嬢までの4例で、アンナ・O嬢の症例は載っていない。ヒステリーの心理療法、予報、ヒステリー病因論も収める。
さらに深く
【内容のあらまし】
序文は、患者が特定されないよう、性や夫婦の関係が病因となる症例は載せられなかったと断る。2人が1893年に発表した共同論文「ヒステリー現象の心的機制について」が再録される。そこには、ヒステリー患者はおもに回想に苦しんでいるとあり、きっかけの出来事の記憶を感情ごとよみがえらせて詳しく語ると症状が消えると記される。そのあとに5つの症例が並び、ブロイアーの理論の章と、フロイトの精神療法の章が続く。
最初のアンナ・O嬢はブロイアーの患者で、1880年、21歳で発病した。その年の7月から、熱愛する父を全力で看病していたが、暑い夏のある日、わけもわからず水が飲めなくなった。催眠のなかで彼女は、好きではなかった英国人の付き添い婦の部屋で小犬がグラスから水を飲んでいたことを、嫌悪をあらわに語った。語り終えると水を求めてためらいなく飲み、グラスを唇に当てたまま催眠から覚めた。症状はそれきり消えた。この語る手続きを、彼女は英語でまじめに「talking cure(お話し療法)」、おどけて「煙突掃除」と呼んだ。
残る4例はフロイトの患者だ。1889年5月、エミー・フォン・N夫人に、フロイトはブロイアーの方法を初めて試みる。彼女は数分おきに話を中断し、黙って、何も言わないで、私に触らないでと叫ぶ。やがて由来をいちいち尋ねずに話したいことを話させてほしいと不機嫌に求め、フロイトはそれに従う。英国人の家庭教師ミス・ルーシー・Rは、焦げた菓子の匂いに悩まされていた。催眠で深く眠らなかった彼女の頭をフロイトは手で押さえ、手をゆるめたときに浮かんだことを話させる。雇い主への恋心を指摘されると、彼女は知らなかった、むしろ知りたくなかったと答える。やがてその匂いは消えたが、代わりに葉巻の煙の匂いが現れる。
エリザベート・フォン・R嬢は、1892年秋に診察を頼まれた女性で、2年以上も脚が痛み、歩きにくかった。フロイトはこの初めての完全な分析で、病のもとになった心の素材を層ごとに取り除くやり方にたどりつき、それを埋もれた都市の発掘にたとえる。彼女の義兄への恋心は、姉のベッドのそばで、これで彼は自由だ、おまえは彼の妻になれるという考えとして一瞬だけ意識にのぼっていた。
ブロイアーの理論の章は、ヒステリーの土台を催眠に似た状態に求める1893年の主張をあらためて論じる。最終章でフロイトは、病のもとになった考えを意識させまいとする患者の心の力を抵抗ととらえる。本は、運命は変えられないのにどう助けるのかと問う患者に、ヒステリーのみじめさをありふれた不幸に変えられれば得るものは大きいと答える言葉で閉じられる。
著者
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