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人間失格

にんげん しっかく

太宰治·近代

人間社会になじめない苦悩を描いた太宰治の自伝的小説

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文学

この著作について

太宰治が自殺直前の1948年に発表した、人間の仮面をかぶって生きる苦悩を描いた自伝的小説。

【内容】

三つの手記と序・跋《ばつ》から成る。主人公・大庭葉蔵《おおばようぞう》は幼少期から他人の感情を理解できず、周囲に合わせるために「お道化」(ピエロ役)を演じて人間らしさを偽ってきた。青年期は東京の私立校に通うが、画家志望の仲間と酒・女・共産主義運動に傾き、心中未遂・モルヒネ中毒・精神病院入院と破滅を重ねていく。「恥の多い生涯を送って来ました」という冒頭の一句が示すように、自己否定と世間への恐怖が全編を貫く。

【影響と意義】

太宰の死後、日本でもっとも多く読まれ続けている小説の一つ。「自分は人間として失格だ」という感覚は時代や文化を超えて共感を呼び、近年は英訳を通じて海外でも広く読まれている。「太宰的」と呼ばれる文体と感性は、以後の日本文学・漫画・サブカルチャーに深く根を張っている。

【なぜ今読むか】

社会に適応できない苦しみの描写は、SNS時代の生きづらさを感じる読者に切実に響く。太宰の透明で美しい文体が、重いテーマを静かに支え、最後まで読ませる不思議な力を持つ。

さらに深く

【内容のあらまし】

小説は短い「はしがき」から始まる。語り手の「私」が、見知らぬ大庭葉蔵の三葉の写真と三冊の手記を手にしている、という枠が設えられる。葉蔵自身の手記が始まると、彼は幼少期の自分を「人間の生活というものが、見当つかない」と振り返る。腹が空くという感覚すら他人の言葉から遅れて学んだ、と書く。違和感を取り繕うために覚えたのが「お道化」だ。家族の前でわざと滑稽な失敗をし、級友の前で珍妙なポーズを取り、自分は人間に擬態することで辛うじてこの世界に残ってきた。

第二の手記は東京の私立校時代である。級友の竹一に「ワザ。ワザ」と道化を見破られた瞬間の戦慄、堀木との享楽的な交友、酒・煙草・娼婦・左翼運動への接近。どれも本気で関わるのではなく、お道化の延長として演じてしまう。やがてカフェの女給ツネ子と鎌倉の海で心中を試みる。彼女だけが死に、葉蔵は生き残る。罪に問われ、父の知人に引き取られる。

第三の手記前半では、雑誌の挿絵で生計を立てつつシヅ子という未亡人とその娘と暮らし、つかのまの父親めいた生活を経験する。だがそこから逃げ出し、京橋のスタンドバアのマダムと暮らす。やがて煙草屋の若妻ヨシ子の純粋無垢に救われたと感じ、彼女と所帯を持つ。短い幸福。しかしヨシ子は商人に強姦される。葉蔵が奪われたのは肉体ではなく彼女の信頼だった。彼は薬瓶のジアールを呑み喀血し、モルヒネ中毒に落ち、堀木と兄に欺かれて精神病院に送られる。

手記の末尾で彼は二十七歳ですでに白髪、廃人として南の温泉地に隔離されている。「いまは自分には、幸福も不幸もありません」「ただ一さいは過ぎて行きます」と書きつける。「あとがき」で語り手はマダムを訪ね、葉蔵は神様のようないい子だった、という証言を聞いて筆を擱く。

著者

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