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ナ

『ナショナリズムの生命力』

なしょなりずむのせいめいりょく

アンソニー・スミス·現代

エスノ・シンボリズムの立場からゲルナーの近代主義的ナショナリズム論を批判した著作

政治

この著作について

イギリスの社会学者アンソニー・D・スミスが、師ゲルナーの近代主義的ナショナリズム論に批判的応答を投げかけ、エスノ・シンボリズムと呼ばれる立場を体系化した著作。

【内容】

スミスは、ナショナリズムを単に産業社会の機能的産物と見る近代主義を退けると同時に、民族や国民を時代を超えた本質と見る原初主義にも与しない。その代わりに、ネイションの「素材」となる神話、記憶、象徴、言語、儀礼、共通の祖先像といったエスニックな資源は、長い歴史を経て蓄積されてきたものであり、近代のナショナリズムはこれらを再編することで大衆的感情を調達する、と論じる。世俗化、書物、軍事動員、学校教育といった近代の諸制度が、古層のエスニックな記憶をどう組み替えて「国民」を作り出してきたかが具体的な事例に即して分析される。

【影響と意義】

近代主義と原初主義の論争に第三の道を示した本書は、ナショナリズム研究の中核文献となり、バルカン、中東、東アジアなど複雑な民族問題を抱える地域の研究でも頻繁に参照されている。歴史学・比較政治学・社会人類学における現代的ナショナリズム論の共通語彙を形づくった。

【なぜ今読むか】

ナショナリズムの高揚や再浮上を目撃するたび、「いつまでも変わらぬ民族感情なのか、新しい発明なのか」という二者択一に陥りがちである。本書はその中間の粘り強い読み方を教えてくれる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は7章からなる。第1章は、紀元前429年のアテナイから語り出し、ソポクレスの「オイディプス王」を読む。暴かれる自己はどれも社会的な役割でもあるが、オイディプスの身元にギリシア人でないことは一度も入らない。性別、地域、階級、宗教、エスニシティと比べてネイションの特徴を測り、暫定の定義として、歴史的な領域、共通の神話と歴史的記憶、大衆的な公共文化、共通の経済、全員に共通の法的権利と義務をもつ、名前のある人間集団を挙げる。領域と法的・政治的共同体を軸にする西欧のモデルと、言語や慣習を軸にするエスニックなモデルを対比する。

第2章は、ネイションの手前のエスニック共同体を扱う。固有名、共通の祖先の神話、共有された歴史的記憶、文化の差異、特定の故郷との結びつき、連帯感の六つを目印に、ペルシア人、アルメニア人、ユダヤ人の存続を探る。選ばれた民の神話は自己更新と存続の核心だという。

第3章は、ネイションが生まれる二つの道を描く。貴族と上級聖職者が担う横に広がる型の共同体が官僚制を通じて中間層と周辺地域を取り込む道は、イングランド、フランス、スペイン、スウェーデンでたどられた。もう一つは、より大衆的な縦の型の共同体を知識人が自前の文化と歴史へ動員する道で、1890年代のアイルランドのゲール復興が描いた聖パトリックの黄金時代は、何が本来自分たちのものかを人々に教えた。

第4章は、ネイションを生むのはナショナリズムだとするゲルナーらの近代主義の像から入る。ナショナリズムを、成員の一部が現実の、または潜在的なネイションとみなす人口のために、自治と統一とアイデンティティを獲得し維持するイデオロギー運動と定義し、文化の一形態でもあるとする。国民性を政治の中心に置いたルソー、どのネイションにも固有の精神があると説いたヘルダー、自らを当世のローマ人やスパルタ人に見立てたジャコバン派の指導者が登場する。

第5章は、領域を軸にした政治的なネイションを意図的に造れるかを、アジアやアフリカの新しい国家に問う。第6章は、エスニックな分離運動を、十九世紀の東欧と中東、二十世紀のアフリカとアジア、1960年代以降のヨーロッパとソ連の三つの波で追う。

最終章は、自由主義者や社会主義者が望んだナショナリズムの終わりを検討する。多民族国家や地域連合の実験と、「ポスト・ナショナル」な世界の議論を見たあと、記憶を持たない地球規模の文化は矛盾だと退ける。政治でなく文化の領域で「文化の家族」の単位に集合的アイデンティティが作り直される見込みを探り、ネイションへの忠誠は、より大きくゆるい枠と並んで長く続くだろうと見通す。

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