『メディア・コントロール』
ノーム・チョムスキー·現代
メディアと民主主義の関係を論じたチョムスキーの著作
この著作について
言語学者にして米国を代表する左派知識人ノーム・チョムスキーが、マスメディアによる世論形成と民主主義の内実を批判的に論じた講演・論考集。
【内容】
本書はエドワード・ハーマンと共著した『合意の製造』のエッセンスを踏まえつつ、湾岸戦争期のアメリカを中心に、メディアがどのように戦争支持を調達したかを具体的に跡づける。所有構造、広告依存、情報源への依存、批判への防御反応、イデオロギー(当初は反共主義)という「プロパガンダ・モデルの五つのフィルター」を用いて、検閲なき社会における報道の偏りが可視化される。ベトナム戦争、中米政策、パレスチナ問題などの具体例が次々と分析され、「民主的社会のなかでの同意の形成」がどのように操作されるかが示される。
【影響と意義】
現代メディア批判の古典として、ジャーナリズム論、国際政治学、民主主義論で繰り返し参照されてきた。情報操作を見抜く視座を一般にも普及させ、後のメディア論・批判的コミュニケーション研究に大きな影響を与えた。
【なぜ今読むか】
SNSとアルゴリズムが生む情報環境の偏りが話題になる現代に、「検閲なき社会でいかに合意が作られるか」という本書の問いは、いっそう鋭さを増している。ニュースの読み方を鍛え直したい読者に向いた書物である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は短い講演を核にしているため、議論の運びがはっきり辿れる。チョムスキーはまずアメリカ建国期にまでさかのぼる。第一次大戦中のウィルソン大統領が設置したクリール委員会の話から始まる。半年で平和主義の世論を熱狂的な参戦支持へとひっくり返したこの宣伝機関こそ、近代的な「同意の製造」の出発点だった。エドワード・バーネイズやウォルター・リップマンといった広報の創始者たちが、群衆を「合理的判断のできない厄介な存在」と見なし、専門家エリートが世論を操作することを民主主義の前提条件とした経緯が紹介される。
続いてチョムスキーは、検閲のない自由社会で報道がなぜ偏るのかを解剖する。新聞社は巨大企業に所有され、収入の大半を広告主に依存し、情報源は政府と大企業の発表に頼り、批判には組織的な反撃が浴びせられる。冷戦期は反共主義、現代は反テロリズムが背景イデオロギーとして機能する。これら五つのフィルターを通過した情報だけが「ニュース」として読者に届く。
論述の中心は湾岸戦争報道の分析である。サダム・フセインがクウェートを侵略した一九九〇年から翌年の戦争に至るまで、アメリカのテレビと新聞がどのように戦争支持を調達したかが具体的に追跡される。クウェートの少女が議会で語った保育器事件の証言が広告代理店の演出だったこと、外交解決の選択肢が報道から消されていったこと、戦後のイラク北部クルド人蜂起がどう扱われたか。チョムスキーは中米のニカラグアやパナマ、東ティモール、パレスチナの事例も並べ、共通のパターンを抽出する。
結びで語られるのは「敵」の選び方だ。同じ行為でも公式の友好国がやれば過小に、敵対国がやれば誇張して報じられる。読者に求められるのは、ニュースを鵜呑みにせず複数の情報源と過去の記録に当たり、報じられない沈黙の背後を読む技術である。「民主主義の見かけ」と「合意製造の現実」のあいだの距離を測るための手引きとして本書は書かれている。