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明

『明暗』

めいあん

近代

夏目漱石の遺作

哲学

この著作について

夏目漱石が胃潰瘍で倒れる直前まで書き継ぎ、未完のまま遺された絶筆長編で、日本近代文学の達成の一つの頂。

【内容】

新婚間もない津田由雄と妻お延の生活を中心に、二組ほどの家族関係と、かつて津田が想いを寄せたが他家に嫁いだ清子をめぐる微妙な心理が、行きつ戻りつ描かれる。津田の痔の入院と手術、お延と津田の妹お秀の気まずい対面、義弟や友人との金銭と見栄のやり取りが、会話と内心のモノローグで積み重ねられていく。物語は、津田が清子の療養する温泉宿を訪ねる場面で断ち切られている。漱石が後年説いた「則天去私」の境地と、なお残る利己的自意識との相剋が、繊細な筆致で追い詰められる。

【影響と意義】

和歌や漢詩の世界と、ジェイン・オースティンを思わせる会話中心の近代心理小説とを架橋した作品として、日本語による心理描写の到達点とみなされている。後の志賀直哉《しがなおや》・谷崎潤一郎《たにざきじゅんいちろう》・川端康成《かわばたやすなり》らは、いずれも本書を通過して自身の文体を鍛えた。

【なぜ今読むか】

夫婦や家族の間にわだかまる小さな誤解や虚勢が、長く読み進めるほど奇妙な重みを帯びてくる。日常会話に潜む自意識の仕組みを内側から観察する目を養うための、息の長い訓練になる一冊である。

さらに深く

【内容のあらまし】

小説は、医者が探りを入れたあとで津田を手術台から下ろし、やはり穴が腸まで続いていたと告げる場面で始まる。帰りの電車で津田は、この肉体のうちにも今どんな変が起きているか分からないと考え、さらに「精神界も同じ事だ」と心の中で叫ぶ。あの女はなぜあそこへ嫁に行ったのか、そして自分はなぜまたあの女と結婚したのか。名前を伏せたままのこの問いから、1916年5月から12月まで朝日新聞に188回続いた連載は動き出す。

最初に話を動かすのは金である。京都の父が、今月はいつも通りの仕送りができないと書いてくる。お延の叔父の岡本に融通してもらって来ないかと言う津田に、お延はすぐ断る。岡本へ行くたびに、いい所へ嫁に行って暮らしに困らない身だと言われ、きまりが悪いのである。一方、旧友の小林は津田と酒を飲みながら、ドストエフスキーを持ち出して涙をこぼし、新しくこしらえた洋服で朝鮮へ都落ちするのだと打ち明ける。

手術の日、お延は夫を安静に寝かせると、約束の芝居見物に出かける。その席では津田の勤め先の重役吉川の夫人が座を取り仕切り、お延の従妹の継子《つぎこ》と、初対面の青年紳士三好《みよし》を盛んに引き立てようとする。翌日叔父に問いただすと、お延の察しどおり、それは継子の見合だったと分かる。お延は、自分は器量の劣る者として従妹を引き立てるために呼ばれたのではないかと疑う。叔父は泣かせた詫びだと言って小切手をお延に渡す。

小林は、朝鮮へ発つ前に津田の外套を試しに着てみたいと留守宅に上がり込み、夫についてあなたの知らなければならないことがまだたくさんあるとお延をなぶる。病室では、父の怒りが思った以上に激しいことを伝えに来た妹のお秀と津田が言い争い、そこへ来たお延が、夫に要るものは自分が用意すると言って帯の間から小切手を取り出す。次にお延はお秀を訪ねて真意を探り、相手の口から思いがけず愛という言葉を聞く。

その頃病院に見舞いに来た吉川夫人は、清子が流産のあとの静養で温泉場にいると教え、旅費は出すから行って、男らしく未練の片をつけて来なさいとけしかける。その後、津田と会った席で、小林は津田から餞別に受け取った紙幣を三枚とも食卓に並べ、同席した原という青年に、要るだけ取れと言う。

宿に着いた夜、津田は鏡に映った自分を、これは自分の幽霊だと感じる。その直後に出くわした清子は、みるみる蒼白になり、くるりと背を向けて引き返す。翌朝、津田は吉川夫人からの見舞いだと名刺を添えた果物籠を先に届けさせて、清子の部屋を訪ねる。言葉を交わしたのち、清子の微笑の意味を一人で考えながら自室へ戻ったところで、作品は途切れている。

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