『葉隠』
はがくれ
山本常朝《やまもとつねとも》·近代
武士道の精神を説く語録
この著作について
肥前鍋島藩の元小姓・山本常朝《やまもとつねとも》が隠居後、若い藩士・田代陣基《たしろつらもと》の訪問を受けて七年にわたり語った武士道的人生観の記録。
【内容】
全十一巻のうち、第一・第二巻の「聞書」が核をなす。「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」で知られる一節は、死を美化するものではなく、毎朝毎夕「もう死んだ身」と腹を据えておけば、いざというときに大事を全うできるという覚悟の教えとして語られる。忠義の尽くし方、藩主への諫言の作法、朋輩との付き合い、酒席での心得、上役の前での立ち振る舞い、恥を忍ぶこと、「一念一念と重ねて一生」という時間感覚、さらには鍋島家の歴代藩主や先輩武士の逸話が短い断章として積み重ねられる。原典は長く門外不出の秘書であり、公的な武士道書というより内輪の語りに近い。
【影響と意義】
江戸時代には鍋島藩内でのみ読まれてきたが、近代以降、『武士道叢書』や岩波文庫に収められて広く知られ、新渡戸稲造《にとべいなぞう》『武士道』とは別の、土着的で鋭い死生観を伝える文献として再評価された。戦後は三島由紀夫の『葉隠入門』によって一般読者にも共有され、日本的覚悟論のひとつの源泉となった。
【なぜ今読むか】
死への覚悟を強調する言葉遣いは刺激的だが、その核には「毎日を今日で終わる覚悟で、誠実にやり切る」という実践的な時間感覚がある。仕事や人生の先延ばしを戒める手引として、賛否を含みつつ読む価値のある古典である。
どの訳で読むか
現代語訳と注をそろえて通して読むなら、いま注文できる講談社学術文庫の新校訂全訳注か、ちくま学芸文庫の定本全訳注が目安になる。講談社版は天保本をはじめて底本に採ったと版元が説明している。1940年から版を重ねた岩波文庫の校訂本は、楽天ブックスでは注文できない表示になっている(2026年10月時点)。
菅野覚明・栗原剛・木澤景・菅原令子訳注講談社・講談社学術文庫(新校訂 全訳注 葉隠、上・中・下)、2017〜2018年
Amazonで探す版元の紹介文は、天保本をはじめて底本に採り、新たに校訂した原文に、現代語訳と詳細な注をつけたと説明する。『葉隠』の十一の聞書を3巻に分け、上巻は夜陰の閑談と聞書一〜三(656頁、2017年9月)、中巻は聞書四〜七(872頁、2018年5月)、下巻は744頁(2018年11月)。楽天ブックスでは3冊とも「在庫あり」で、楽天Kobo の電子書籍版も表示される(2026年10月時点)。
佐藤正英校訂・吉田真樹監訳筑摩書房・ちくま学芸文庫(定本 葉隠〔全訳注〕、上・中・下)、2017年
Amazonで探す版元は上巻を、根幹の「教訓」を収めた「決定版新訳」とうたう(592頁、10月)。中巻は聞書五〜七(528頁、11月)、下巻は聞書八〜十一(624頁、12月)で、全3巻で完結する。楽天ブックスでは3冊とも「在庫あり」で、楽天Kobo の電子書籍版も表示される(2026年10月時点)。
和辻哲郎・古川哲史校訂岩波書店・岩波文庫(上・中・下)、1940〜1941年
Amazonで探す上が1940年4月、中が1941年4月、下が1941年9月の刊行で、国立国会図書館の書誌では和辻哲郎と古川哲史は校訂者とされる。底本は、第1〜3巻・第5〜7巻・第9〜10巻が中野本、第4巻・第11巻が山本本、第8巻が古川本ほかの諸本。上巻は212頁で、1992年に第22刷を数えた。楽天ブックスでは3冊とも「ご注文できない商品」と表示される(2026年10月時点)。
ほかに、奈良本辰也・駒敏郎の現代語訳による中公クラシックス(全2巻、中央公論新社、2006年)があるが、楽天ブックスでは2冊とも「ご注文できない商品」と表示される(2026年10月時点)。
さらに深く
【内容のあらまし】
本は筆録者の陣基の序から始まる。序は、殉死が禁じられていたため追腹の代わりに出家した常朝の身の上に触れ、雲に埋もれた山道を分け入ってその仮寝の庵を訪ねるくだりで結ばれる。宝永7年(1710年)3月5日の初対面で二人は句を交わし、常朝は「憂世から何里あらうか山桜」と詠んだ。
続く「夜陰の閑談」で常朝が説くのは、鍋島家の成り立ちと先祖の苦労を学ぶ「国学」である。家来によその学問は無用で、国学を心得たうえでなら他の道も慰みに聞けばよいという。成仏も願わず、七度生まれ変わっても鍋島侍として国を治めたいと語り、藩を一人で担う志さえあればよいと言う。冷めやすい道心を冷まさぬ手立てとして示すのが、毎朝神仏に念じる四つの誓願である。武士道で後れを取らない、主君の役に立つ、親に孝行する、大慈悲を起こして人のためになる。念じれば二人分の力になり、尺取虫のように少しずつ前へにじり出るという。
聞書第一は、武道の大意を問われて即答できる者がまれだという嘆きから入り、武士道とは死ぬことだと見つけたという一句に至る。生死の二つに一つの場面では、早く死ぬ方に片付けるだけだという。うまくいかず死ねば犬死だという議論は上方風の思い上がった武道と退け、生きて失敗すれば腰抜けと笑われ、犬死と呼ばれる方がまだ恥にならないと続ける。毎朝毎夕死んでおけば、武道に自由を得て一生落度なく勤め果たせるという。また、人の欠点を正す意見は大慈悲で奉公の第一だが、言いにくいことを言うのが親切だと思い込むのは、恥をかかせて悪口を言うのと同じで益がない。相手を見極め、親しくなってから、よいところを褒めて気を引き立て、渇いたときに水を飲むように受け取らせて欠点を直すという。
聞書第二は、奉公人の禁物は何かと問われて、大酒と自慢と奢りだと答える場面で始まる。運が向いたときこそ危ないと続ける。恋の極みは一生打ち明けずに思い死にする忍ぶ恋だと常朝が語ると、感心した四、五人が「煙仲間」と称した。「人間一生は誠に纔《わずか》の事なり。好いた事をして暮すべきなり」という一節もあるが、悪く聞けば害になるので若い者には語らない奥の手だと断っている。
第三巻からは藩祖の鍋島直茂《なべしまなおしげ》以来の藩主の言行、藩士たちの武勇と評判、他家の噂が続く。第七巻の最初の話は、勝つとは味方に勝つこと、味方に勝つとは自分に勝つことだという成富兵庫《なりどみひょうご》の言葉である。最後の第十一巻には、心を静めて死ぬさまを思い浮かべ、朝ごとに死んでおくべしという教えがあり、長い髪に香を焚きしめて討ち死にした武士の話も香の焚きしめ方とともに載る。