『ギーターンジャリ』
ラビンドラナート・タゴール·近代
タゴールにノーベル文学賞をもたらした散文詩集
この著作について
インドの詩人・思想家ラビンドラナート・タゴールが、自作のベンガル語詩から選んで自ら英訳した散文詩集で、非ヨーロッパ圏から初めてノーベル文学賞をもたらした作品。書名は『歌の捧げもの』を意味する。
【内容】
本書は百三篇の散文詩から成る。神への帰依と人間の魂の渇き、自然の美への感謝、死を受容する静けさ、日常の労働のなかに神を見出す姿勢が、簡潔で清澄な言葉で歌われる。ベンガル地方の民衆宗教バウルやヴァイシュナヴァ派の伝統、ウパニシャッドの一元論、ヨーロッパ・ロマン主義的感性が一つに溶け合う独特の抒情世界が広がる。W・B・イェイツが序文を寄せて英語圏で刊行され、一気に世界的反響を呼んだ。
【影響と意義】
非ヨーロッパ圏からの初のノーベル文学賞受賞(一九一三年)をもたらした記念碑的作品であり、アジア文学が世界文学の一角を占めることを示した。ガンディー、ロマン・ロラン、川端康成《かわばたやすなり》らにも影響を与え、日本では戦前から多くの翻訳が出ている。
【なぜ今読むか】
特定の宗派に属さない読者にも、祈りという普遍的営みの豊かさを手渡してくれる。日々の忙しさのなかで自分の内面に戻る時間を持ちたい人にとって、枕元に置いて繰り返し開きたくなる一冊である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は百三篇の散文詩からなる小さな書物だが、その小ささがそのまま深さに通じる。タゴールはベンガル語で書きためた歌から精選し、自ら英語の散文に訳した。タイトルは「歌の捧げもの」を意味し、神への奉献という形式が全篇を貫いている。
冒頭の数篇では、神はあくまでも対岸の高みにいる者ではなく、自分の家に静かに訪れる客として迎えられる。詩人はみずからの空っぽの器に神が音楽を満たしてくれることに驚き、生と歌の関係を問う。「あなたは私を限りなき者にされた、それがあなたの喜びである」という冒頭の一句は、献辞と祈りを兼ねた本書全体の調子を定める。
中盤に進むと、日常のなかに神を見出す主題が繰り返される。耕す者の畑、塵にまみれる労働者の手、井戸を汲む女、沿道のごみのなかにも神が共にいる、と歌われる。社会的に低く見られる労働や場所を、宗教的高みから慰めるのではなく、そこにすでに祝福が満ちていることを淡々と告げる姿勢に、本書の独特の倫理が表れている。
中央部の数十篇は、神との隔たりを巡る詩群である。詩人は何度も訪れる夜、神が来ないことに苦しみ、自分の心が雑事に塞がれていると嘆く。同時に、その不在の経験そのものが神の現前の別の形である、という逆説が静かに浮かび上がってくる。風が木立を渡る音、雨の予兆、遠くの祭の太鼓が、不在のなかの呼びかけとして詩語に織り込まれる。
後半に入ると、生と死の主題が中心に来る。詩人は自分の人生を、神が指で奏でた一本の葦笛として描く。やがてその笛は古び、息は静まり、笛は手から離れていく。死は終わりではなく、神がもう一度別の楽器を手にする静かな移行として歌われる。最後の数篇では、葬送の歌のような落ち着いた調子が支配し、別れの言葉が祈りの形を取る。「私は旅立つ、それゆえ皆さん、お別れを言わせてほしい」と詩人は静かに告げる。
本書を一篇ずつゆっくり読むと、特定の宗派に属さない読者にも、祈りという行為そのものの深さが伝わってくる。喧騒のなかに沈み込む小さな帆船のような詩集である。
著者
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