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獄中記

ごくちゅうき

オスカー・ワイルド·近代

ワイルドの獄中書簡

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哲学

この著作について

オスカー・ワイルドが同性愛の罪で二年の重労働刑に服したレディング監獄で、恋人アルフレッド・ダグラスに宛てて書き綴った長大な獄中書簡。

【内容】

題名は「深淵より(De Profundis)」を意味する。前半ではダグラスとの関係が招いた破滅を細部まで振り返り、強い怒りと怨恨が露わに記される。しかし中盤以降、ワイルドは自分の苦しみを見つめ直し、苦痛を芸術の深みに変える道を考え始める。キリストを「最初のロマン主義者、最高の芸術家」として捉え直す長い省察が織り込まれ、最終的には恨みを手放し、人生を美として生き直すという「悲しみの秘密」に到達する告白が語られる。唯美主義の旗手が苦難の経験からたどり着いた宗教的・倫理的省察の書である。

【影響と意義】

死後、ロビー・ロスによって編集され、当初は検閲済みの短縮版が刊行された。完全版の公開後、本書は獄中文学の名品として、またヴィクトリア朝の性的道徳を問い直す貴重な一次資料として、文学史と社会史の双方で重要な位置を占めるようになった。

【なぜ今読むか】

公的制裁やSNSでの袋叩きを経験する時代に、失墜の底で自分と赦しをめぐって格闘する声は、生々しい同伴者となる。華やかさを誇った人物の、別の深さに触れられる稀な書物である。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書はワイルドが一八九七年、レディング監獄から、若き恋人アルフレッド・ダグラス、通称ボージーに宛てて書き続けた長い書簡である。題名「深淵より」は詩篇第百三十篇の冒頭の言葉から取られている。一八九五年、当時の英国法のもとで同性愛の罪で二年の重労働刑を宣告された彼は、独房のなかで一日一枚の紙だけを許され、書き終わるたびに看守に取り上げられ翌日に新しい紙を受け取った。死後、友人ロビー・ロスが原稿を整え、検閲済みの短縮版を世に出した。

書簡の前半は、ダグラスとの関係をめぐる苦渋の検証である。ワイルドは知り合った日からの数年を、自分でも信じがたい冷静さで振り返る。ダグラスの父との泥沼の訴訟、自分が支払った莫大な金額、彼に依存しすぎて創作の時間を失った数年。そこには明白な怒りと、同時に、彼を本当に愛していた者にしか書けない悲しみが交錯する。怒りはやがて、自分自身の判断の浅さへの自己批判に折り返されていく。

中盤、文体が静かに変わる。ワイルドは、もし自分が苦しみのなかから何も学ばずに獄を出るなら、この刑罰は二倍の意味で恥ずべきものになると書く。彼は監獄を、新しい芸術への素材を仕入れる工房と考えることにする。粗末な食事、絶え間ない湿気、面会できない子どもたち、母の死の知らせ。これらすべてを、悲しみそのものを材料とする芸術へと昇華させようと決意する場面は、本書の精神的な転回点となる。

後半で焦点はキリスト像に移る。ワイルドはキリストを、最初のロマン主義者、想像力の極致を生きた最高の芸術家として捉え直す。罪人や徴税人や売春婦を排除しなかった姿、規則よりも人格を尊んだ態度、悲しみを真の意味で芸術として生きた点に、彼は自分の進むべき道を見いだす。最終部で書簡は告白に近づき、ワイルドは怨恨を手放し、ダグラスを、自分自身を、そして社会を赦そうとする方向へ自分を押し出す。最後の言葉は静かで、もはや劇場の喝采を求めていない。栄光のただ中から滑落した人物が、別の深さへ到達する記録として、ヴィクトリア朝の獄中文学の頂点に位置する一冊である。

著者

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