『チャーチル』
河合秀和·現代
チャーチルの生涯と思想を描く評伝
この著作について
政治学者・河合秀和《かわいひでかず》による、ウィンストン・チャーチルの本格的評伝(中公新書)。
【内容】
本書は、ヴィクトリア朝末期の貴族の家系に生まれたチャーチルが、ジャーナリスト・軍人として南アフリカ戦争を経験し、若くして下院議員となり、自由党・保守党のあいだを行き来しながら、二つの世界大戦を経験した生涯を追う。海軍大臣期のガリポリ作戦の失敗、大蔵大臣期の金本位制復帰の判断、戦間期のナチス・ドイツへの警告、対ナチ戦の首相としての決断、戦後の「鉄のカーテン」演説と冷戦秩序の予告までが描かれ、帝国主義と議会民主主義の双方を体現した矛盾に満ちた政治家像が立ち上がる。
【影響と意義】
日本語で読める本格的なチャーチル伝として長く参照されてきた。二十世紀英国政治史・国際関係史を理解するうえで欠かせない評伝であり、歴史家マーティン・ギルバートらの英語圏の研究を踏まえた均衡ある記述となっている。
【なぜ今読むか】
単なる英雄譚ではなく、判断の過ちと強靭な意志が同居する人物像を冷静に描き出す筆致が信頼できる。危機の時代にリーダーの言葉が何をなしうるかを考えたい読者に、具体的な素材を提供してくれる。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は、1979年2月に中公新書として出たチャーチルの評伝に、1998年1月の増補版で終章「チャーチルと日本」を加えたものである。初版の副題は「イギリス現代史と一人の人物」、増補版は「イギリス現代史を転換させた一人の政治家」である。著者の河合秀和は1933年生まれの政治学者で、専門はイギリス政治である。構成は序章、第1章から第9章、終章である。
序章の題は「この時、この試練」である。チャーチルは『第二次世界大戦回顧録』第1巻で、1940年5月10日に首相となった時のことを、運命とともに歩んでいるように感じ、それまでの人生はすべてこの時とこの試練のための準備だったと書いた。題の言い回しは、この一節に近い。
本編は第1章「樫の大樹」、第2章「剣とペン」、第3章「政治家修業」と始まる。版元の紹介は、植民地での従軍や観戦に打ち込み、歴史を書くことで政治家としての背骨を作った人としてチャーチルを描く。従軍と観戦の舞台は、キューバの独立戦争に始まり、英領インドのマラカンド包囲戦、スーダンのマフディー戦争、南アフリカの第二次ボーア戦争へと移り、彼はそのつど戦地から記事を送った。最初の本もマラカンドでの報告をもとにしている。1900年に保守党から当選し、1904年に自由党へ移った。
版元の紹介には、福祉政策への着手と第一次大戦の作戦指揮も挙がる。史実では、商務院総裁となった彼が1909年に職業紹介所を200以上設ける法案を出し、第一次大戦では海軍大臣としてダーダネルス海峡への攻撃を進めた。その失敗で閣内の地位を下げられ、辞任して西部戦線に半年加わっている。第4章「人民の権利」と第5章「世界の危機」の題は、英語にすれば、1910年に出た彼の演説集 The People's Rights と、第一次大戦を描いた全6巻の歴史書 The World Crisis に当たる。
第6章の題「再び保守党へ」は、保守党への復帰を思わせる。史実では、彼は1924年に大蔵大臣となり、翌年正式に保守党へ戻った。第7章の題「荒野の十年」は、1930年代に政権の外にいた時期の呼び名として知られる。この間、彼はナチ・ドイツに備える再軍備を訴えた。
版元の紹介によれば、彼は1940年、ただ一国でナチ・ドイツに向き合う祖国を率いて立つ。第8章の題「もっとも輝ける時」は、同じ年の6月18日の下院演説の結び「This was their finest hour.」(これこそ彼らの最も輝ける時だった)を思わせ、『第二次世界大戦回顧録』第2巻の原題とも重なる。第9章「勝利と悲劇」も、第6巻の原題と同じ言葉である。
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