『アメリカの学者』
あめりかのがくしゃ
エマーソン·近代
米国知識人の自立を呼びかけたエマーソンの歴史的講演
この著作について
ラルフ・ウォルドー・エマーソンが1837年8月、ハーバード大学のファイ・ベータ・カッパ会で行った講演。同年に小冊子として公刊されたこの短いテクストは、オリヴァー・ウェンデル・ホームズが「アメリカの知的独立宣言」と呼んだ、米国思想史の画期的文書である。
【内容】
「学者とは人間の一器官であり、一つの仕事を託された存在にすぎない」という出発点から、学者を形作る三つの影響を論じる。第一に自然、第二に書物、第三に行動。書物は先人の思考の記録として尊重されつつも、現在の読者が自らの直観で対話し直す素材として読まれなければならない。結論部では、ヨーロッパの文学と学問への精神的依存を断ち切り、アメリカ固有の知的生活を築くよう若き聴衆に強く呼びかける。
【影響と意義】
講演直後にソローやホイットマンを奮い立たせ、アメリカの文学と哲学の自立を象徴するテクストとなった。20世紀に入ってからもエマーソン研究、アメリカ学の基本文献として引用され続けている。
【なぜ今読むか】
「他文明の学問を輸入するだけでなく、自分の場所と言語から考える」という課題は、グローバル化と地政学的変動のなかで、日本の読者にもそのまま効く。
どの訳で読むか
「アメリカの学者」を収める主な訳は二つある。いま注文しやすいのは、「自然」「神学部講演」などとあわせて1冊にした日本教文社の斎藤光訳で、岩波文庫の酒本雅之訳はエマソン論文集の上巻に入っているが、楽天ブックスでは注文できない表示になっている(2026年10月時点)。
斎藤光訳日本教文社・エマソン選集 第1巻、1960年(改装新版は1996年、オンデマンド版は2015年)
Amazonで探す目次は「天文学」「博物学者」「自然」「アメリカの学者」「神学部講演」「自然の方法」「自然」の7編。訳者の斎藤光は、版元ドットコムの紹介で戦後日本のアメリカ文学研究を代表する一人とされる。1996年の改装新版(エマソン名著選)は302頁で、2015年のデジタル・オンデマンド版は元本よりひと回り大きいA5判の324頁。楽天ブックスでは1996年版が「在庫あり」、2015年版が「メーカー取り寄せ」と表示される(2026年10月時点)。
酒本雅之訳岩波書店・岩波文庫(エマソン論文集 上)、1972年
Amazonで探す国立国会図書館の書誌では、上巻の内容は「主の晩餐」「自然」「アメリカの学者」「神学部講演」「自己信頼」「償い」「霊の法則」の7編で、巻末にエマソン略年譜がつく(381頁)。下巻(1973年)は「大霊」「円」「詩人」などを収め、「アメリカの学者」は入らない。楽天ブックスでは上下とも「ご注文できない商品」と表示される(2026年10月時点)。
ほかに、高木八尺・斎藤光訳「アメリカの学者 他3篇」(新月社・英米名著叢書、1947年、142頁)がある。国立国会図書館の目次では、高木八尺の序のあとに「アメリカの学者」と1838年の「神学部講演」が並ぶ。
さらに深く
【内容のあらまし】
講演は「会長、ならびに諸君」という呼びかけで始まる。エマソンはまず、他国の学問に頼る長い徒弟時代は終わりに近づいていると告げ、天頂に輝く琴座の星がいつか千年のあいだ北極星になるように、詩がよみがえって新しい時代を導くだろうと予告する。
話の糸口は古い寓話だ。神々ははじめに一人の「人間」を多くの人に分けた。いまや社会の成員は幹から切り離され、指や首や胃や肘のように歩き回るばかりで、一人の人間ではない。分業のなかで学者は「考える人間(Man Thinking)」であるべきなのに、堕落すると、ただの思索家か、さらに悪くは他人の考えをくり返すオウムになる。
学者を育てる第一の力は自然である。毎日の太陽、日没後の夜と星、吹く風、伸びる草。自然を知らないぶんだけ自分の心もまだ自分のものではなく、ついには「汝自身を知れ」という古い教えと「自然を学べ」という新しい教えが一つの格言になる。
第二の力は過去の精神で、その代表が書物だ。最初の学者は世界を受け取り、心のなかで組み替え、ふたたび語り出した。入ってきたのは生、出ていったのは真理である。ところが創造の神聖さが記録へ移ると、書物は害をなし、案内人は暴君に変わる。図書館で育つおとなしい若者は、キケロやロックやベーコンの見解を受け入れるのが務めだと思い込み、彼らも本を書いたときは図書館の若者だったことを忘れている。書物は、うまく使えば最良のものだが、使い道は霊感を与えることに尽きるという。心が労働と創意で鍛えられているときは、どの頁も意味にあふれて輝く。
第三の力は行動である。学者にとって行動は従属的だが欠かせず、行動がなければ思考は真理へと熟さない。経験が思考に変わるさまは、桑の葉が繻子《しゅす》に変わるのに似ている。人生は我々の辞書だとエマソンは言う。
後半は学者の務めに移り、それはすべて「自己信頼」に含まれるとされる。学者は、まだ誰も星と見なしていない人の心のおぼろな星々を、私設の天文台で記録する観測者であり、すぐの名声は手放さねばならない。自分の心の秘密へ降りていくと、そこがすべての人の心の秘密だったと知る。
最後にエマソンは時代の兆しを挙げる。内省の時代と嘆かれる今を擁護し、崇高なものや美しいものに代わって、身近で低くありふれたものが探られ、詩になったこと、個々の人間が新たに重んじられていることを数える。結びで彼は、我々はヨーロッパの宮廷の詩神に長く耳を傾けすぎたと言い、自分の足で歩き、自分の手で働き、自分の考えを語ろうと呼びかける。各人が神の魂に鼓舞されていると信じるゆえに、人間の国が初めて生まれるという。
著者
関連する哲学者と話してみる
