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宴

『宴のあと』

うたげのあと

現代

実在の政治家をモデルにプライバシー侵害訴訟の嚆矢となった三島長編

文学政治

この著作について

三島由紀夫が1960年に公刊した長編小説。実在の元外務大臣・有田八郎をモデルにしたため日本初の本格的プライバシー侵害訴訟の対象となり、表現の自由とプライバシー権の境界を問う判例史上も重要な作品となった。

【内容】

中年の女将・福沢かづは、東京・高級料亭「雪後庵」を一代で築いた精力的な女性である。元外務大臣で革新系の政治家・野口雄賢と結婚し、夫の都知事選を全力で応援するが、保守陣営の攻撃と夫との価値観の衝突により、選挙は惨敗、離婚に至る。かづは敗れた夫を見捨てて再び料亭経営に戻る。政治・選挙・男女関係の力学が、四季の料亭風景の中で見事に交錯する。

【影響と意義】

1961年に東京地裁でプライバシー侵害を認める判決が下され、『宴のあと』事件は日本におけるプライバシー権確立の画期的判例となった。「他人による公開を欲しない私事が公開された場合に原告は法的救済を受けうる」とする判決文は、その後の個人情報保護法制・報道倫理・名誉毀損法の理論的基礎となった。文学的にも三島中期の代表作として評価が高い。

【なぜ今読むか】

SNS時代の表現の自由とプライバシーの境界を考えるうえで、原点に立ち返る契機となる小説。中年女性の強靭な生命力を主人公に据えた点でも、三島作品のなかで独自の位置を占める。

さらに深く

【内容のあらまし】

全19章で、第1章「雪後庵」に始まり、第18章で書名と同じ「宴のあと」に至り、最終章は「宴の前」と名づけられている。

保守党御用達の高級料亭「雪後庵」の女将、福沢かづは、独り身のまま50代を迎え、もう恋とは縁がないと思っている。第2章「霞弦会」で、元大使たちの集まりの席に、妻を亡くした元外相で革新党顧問の野口雄賢が現れる。微笑は忘れないが、めったに相槌を打たない男だ。第6章では、正月に年賀に訪れた野口の家で、かづが、私を思うなら女中に暇を出してほしいと泣き出し、野口の袴の膝に顔を伏せたあと、二人は初めて接吻する。第7章「二月堂御水取」では、老ジャーナリストらと連れ立って奈良へ旅し、かづは、宗祇の発句を書家に書かせた羽織の裏を野口に見せる。第8章「華燭」で結婚が発表されると、かづを妹のように可愛がってきた保守党の黒幕、永山元亀が邪魔に入る。

野口は革新党から都知事選に出ることになるが、どのように出馬の決心を固めたのか、寝室を共にする妻にもうかがい知れない。党から派遣された選挙参謀の山崎素一を腹心に、かづは野口の意に反して多額の金を使う選挙運動に突き進む。青梅市の大忠霊塔の定礎式では公衆の前に現れ、夫に隠して雪後庵を抵当に入れてもいる。第12章「衝突」では、印刷所からのカレンダー代金の催促で事が露見し、野口は書斎に鍵をかけて妻を打ちすえ、かづは何もかも白状する。続く第13章で、雪後庵の売却話は佐伯首相の圧力で破談になり、野口は首相を公邸に訪ねて抗議する。

選挙戦に入ると、八重洲口での第一声はマイクの故障に邪魔される。かつてかづと同棲していた戸塚は、少女時代からの遍歴を煽情的に書いた小冊子「野口雄賢夫人伝」を持ちこみ、それは都内の名士たちに数十万部ばらまかれる。投票前日には「野口雄賢、危篤」のビラまで配られ、野口は20万票近い差で敗れる。

第16章で、失うべきものを失い尽くして静かな浄福を見つけたという心境の野口は、革新党本部からの帰りに洋蘭デンドロビウムの鉢を自分で買ってくる。かつて二人が精養軒で昼食をとったとき、野口が説明した花だ。かづは、その蘭に、自分を陰惨な花環の中に閉じこめようとする枯れた老人の手つきを感じる。

第17章「夕雲の墓」から、かづは夫を裏切って離れてゆく。総理を何度もつとめた沢村尹が雪後庵再開の奉加帳に真っ先に署名し、再開の企てを知った野口は離縁を突きつける。かづは野口家の墓に入る夢を捨てて雪後庵を選ぶ。大詰めの第18章には、かづが長い付き合いで初めて、山崎の手を強く握る場面もある。離婚後のかづを描く最終章を経て、小説は山崎の手紙で締めくくられる。

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