『君主論』
くんしゅろん
マキャヴェッリ·近代
政治を道徳から切り離した近代政治思想の出発点
この著作について
フィレンツェ共和国の書記官を解任されたマキャヴェッリが16世紀初頭に書き上げ、メディチ家への復帰を期して献呈した政治論の古典。
【内容】
全26章の短い著作。君主国の類型分類から始まり、世襲国・新興国・教会国の統治条件を歴史的事例とともに分析する。軍制論(傭兵・援軍よりも自前の軍が強い)、君主が備えるべき徳と避けるべき悪徳、愛されることと恐れられることの比較、運命と力量の関係などを、次々と切れ味鋭く論じていく。末尾の第26章は、外国勢力に蹂躙されたイタリアの解放を呼びかける熱い告白で閉じられる。
【影響と意義】
「君主はかくあるべし」という規範論ではなく、実際の君主がどう権力を握り維持したかを冷徹に観察した点が画期的だった。政治を道徳や神学から独立した領域として記述した最初の書物とみなされ、近代政治学の出発点となった。「マキャヴェリズム」という語を生み、ホッブズ・ルソー・フリードリヒ2世・ナポレオンが精読したと伝わる。
【なぜ今読むか】
失職し追放された当事者が、権力の現実を真正面から言語化した書物。現代の組織運営やリーダーシップ論の原型でもあり、「きれいごとでは動かない世界」を前にして迷ったときの手引きになる。
さらに深く
【内容のあらまし】
冒頭の献辞でマキャヴェッリは、ロレンツォ・デ・メディチに本書を捧げ、「わたしの長年の経験と古代の事跡の不断の研究」が唯一の財産であると述べる。第1章から第5章まではごく短く、君主国の類型分類が淡々と進む。世襲の君主国は易しく、混合の君主国は難しい、占領した自由都市は破壊するか自ら住むか自前の法を残すしかない、と冷徹に整理されていく。
第6章から第9章で議論は本格化する。自分の力量で君位に就いた者の例としてモーセ・キュロス・ロムルス・テセウスが並び、運によって地位を得た者の例としてはチェーザレ・ボルジアが詳細に分析される。ボルジアは父教皇の死という運命によって挫折したが、それまでの統治術はほぼ完璧だったとマキャヴェッリは評価する。第7章で語られる、ロマーニャを平定するために起用した残忍な部下レミーロを後に処刑して市民の前にその死体をさらした逸話は、本書全体の象徴となっている。
中盤の第12章から第14章では軍制が論じられる。傭兵は給料を払うときには勇敢で、命を懸けるときには逃げる。援軍は勝てば借りが残り、負ければ巻き添えになる。だから自前の軍隊だけが頼れる。君主は平時にも狩りや地形の研究を通して常に戦争に備えていなければならない、と。
第15章以降が政治と道徳の関係を扱う本書最大の山場である。気前のよさは破産を招くから倹約のほうがよい。愛されるか恐れられるかなら恐れられるほうが安全である。ただし憎まれてはならない、なぜなら愛は人の都合で消えるが、恐怖は罰の予期によって持続するからだ、と。第18章では君主は獅子の力と狐の狡知をあわせ持つ必要があるとし、必要とあらば信義を破ることも辞さないが、つねに敬虔・誠実・人間的に「見える」ように振る舞え、と説く。
第25章では運命と力量の関係が論じられ、運命は女のようなもので、勇敢に立ち向かう者にこそ屈すると比喩される。最終第26章は突如として熱を帯び、メディチ家がイタリアを外国の蛮族から解放する救世主となるよう呼びかける情熱的な結びとなる。