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白

『白痴』

はくち

近代

ドストエフスキーの長編小説

哲学

この著作について

ドストエフスキーが亡命中の困窮のなかで書き上げた長編で、「完全に美しい人間」を描こうという彼自身の構想が結実した野心作。

【内容】

スイスの療養所で癲癇の治療を受けていたムイシュキン公爵がペテルブルクに戻る列車の場面から物語は始まる。彼は子供のように純真で、嘘をつけず、あらゆる人に深い同情を寄せる。零落した美女ナスターシャと裕福な娘アグラーヤの二人への愛情、商人ロゴージンの暴力的な情熱が交錯し、都会の欺瞞と俗物性のなかで公爵の善意は誤解と破滅を呼び寄せる。結末では殺人の夜をロゴージンと二人で過ごし、公爵は再び心を閉ざす「白痴」へ戻っていく。

【影響と意義】

キリスト的聖性を近代社会で生きる人物として描こうとした試みは、トーマス・マン、亀井勝一郎、遠藤周作ら多くの作家に深い刺激を与えた。ロシア文学と宗教哲学をつなぐ作品として、ベルジャーエフ以降の読解でも中心的に扱われる。

【なぜ今読むか】

善意が必ずしも報われず、ときに周囲を巻き込んで傷を広げる現実のなかで、「それでも善くあろうとする」とはどういうことかを粘り強く問える。素朴な優しさの苦しみと尊さを見つめ直す鏡となる。

どの訳で読むか

いちばん新しい訳で読みたいなら光文社古典新訳文庫の亀山訳(全4巻)が目安になり、電子書籍も出ている。文庫2冊で読み通したいなら新潮文庫の木村訳がある。岩波文庫の米川訳は下巻が、河出文庫の望月訳は第1巻が、版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)。

  • 亀山郁夫訳光文社・光文社古典新訳文庫(全4巻)、2015〜2018年

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    第1巻は2015年11月に出て、2018年9月の第4巻で完結した。第1巻は2016年から電子書籍でも読める。版元の紹介文は、本作を最高の「恋愛小説」と呼んでいる。

  • 木村浩訳新潮社・新潮文庫(上下2冊)、1971年

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    版元のサイトは上下巻とも発売日を1971年1月1日と表示している。上巻の紹介文は「誰もが彼を白痴(ばか)と呼んだ」と書き、書名の語に「ばか」と読みを添えている。

  • 米川正夫訳岩波書店・岩波文庫(上下2冊)、1994年

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    版元の紹介文は、作者の言葉「この小説の意図は、完全に美しい人間を描くことです」を掲げている。上巻は在庫ありだが、下巻は版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)。

  • 望月哲男訳河出書房新社・河出文庫(全3巻)、2010年

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    2010年7月から9月にかけて3巻で出た。版元の紹介文は第1巻を「新訳決定版」と呼んでいる。第1巻は版元のサイトで品切れと表示されている(2026年10月時点)。

さらに深く

【内容のあらまし】

11月末の雪どけの朝、ワルシャワからの列車が全速でペテルブルクに近づいていく。車中で病気は治ったのかと聞かれた公爵ムイシュキンは、治らなかったと答える。

第1部の山場は、ナスターシャの誕生日の夜会である。商人ロゴージンが10万ルーブリの包みを持ちこむなか、何も持たない私をもらってくれるのかと問われた公爵はうなずき、あなたをロゴージンの囲い者ではなく、善良で正直な女性と思うと告げる。莫大な遺産を継ぐと公爵が明かすと、将軍は気でも狂ったのかと声をあげる。ナスターシャはいったん公爵との結婚を口にするが、彼を破滅させまいと考えを変え、ロゴージンについていくことにする。客たちの前で、袖をまくった素手で取り出せば全部あげると縁談の相手ガーニャに言い、包みを暖炉に投げこむ。彼は戸口へ向かい、2、3歩で倒れる。彼女は火ばさみで包みを取り出し、金はすべてガーニャのものだと言って出ていく。

第2部で公爵はロゴージンの家を訪ねる。戸口の上の絵は十字架から降ろされたばかりの救い主を描いたホルバインの模写で、公爵はあの絵を見ていたら信仰を失いかねないと叫ぶ。2人は錫の十字架と金の十字架を交換して兄弟になり、ロゴージンはナスターシャを譲ると告げる。だがその日、宿の暗い階段で、ロゴージンの振り上げた右手に何かが光る。名を呼んで信じないと叫んだ次の瞬間、公爵は癲癇の発作に倒れ、その叫びがロゴージンをおびえさせて公爵の命を救う。

第3部の山場は、青年イッポリートが読み上げる手記だ。題辞は「Après moi le déluge(わが亡きあとに洪水よ来たれ)」である。彼はその少し前、公爵が「美が世界を救う」と言ったのは本当かとからかっていた。朗読のあと彼はこめかみに拳銃を当てて引き金を引くが、雷管が入っておらず、かちりと鳴っただけだった。

第4部では、公爵が求婚したエパンチン家の末娘アグラーヤとナスターシャが、公爵の前で対決する。公爵が、彼女はこんなに不幸なのにとアグラーヤに訴えると、アグラーヤは部屋を飛び出し、追おうとする公爵の腕にナスターシャが気を失って倒れる。公爵は彼女のそばに残り、婚礼が決まる。婚礼の日、花嫁は群衆の中にロゴージンを見つけ、助けて、どこでもいいから連れて行ってと駆け寄って、馬車に運ばれていく。翌日の未明に彼女を刺し殺したロゴージンは、その夜、公爵を家に入れ、遺体にオイルクロスとシーツをかぶせ、消毒液の瓶を4つ置いたと話す。何時間もたって人々が踏みこむと、公爵はロゴージンの髪と頬をなでるばかりで、誰の顔もわからなかった。ロゴージンは情状を酌量され、シベリアでの15年の懲役を言い渡される。

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