『銀河鉄道の夜』
ぎんがてつどうの よる
近代
銀河を旅する幻想的な童話に込められた生と死の哲学
この著作について
詩人で童話作家の宮沢賢治が1924年頃から晩年まで書き継ぎ、死後に発表された未完の代表作。
【内容】
孤独な少年ジョバンニが、活版所のアルバイトと病気の母の介護の合間に、幻想的な銀河鉄道に乗って親友カムパネルラと星をめぐる旅をする。白鳥座・ケンタウルス座・南十字星を経由する途上、北十字での祈り、石炭袋の闇、鶴を射るインデアン、難破船で亡くなった家庭教師と姉弟との出会いなど、印象的な挿話が重ねられる。やがてジョバンニは、さそりの火の話を聞いたあと「ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」とカムパネルラに誓う。物語の終わりで、カムパネルラが川で溺れた友人を助けて命を落としていたことが明かされる。生前の賢治は本作を何度も書き改め、未完のまま死を迎えた。
【影響と意義】
仏教の菩薩行の精神と近代的な宇宙的スケールの想像力が独自の世界を形づくり、童話の範疇を超えた哲学的文学として広く愛読されてきた。アニメ・映画・舞台化は数えきれず、日本人にとっての死と幸福のイメージを深く形づくっている。
【なぜ今読むか】
「ほんとうの幸い」とは何かという問いが物語全体を貫く。幻想的な美しさの中に深い悲しみが隠されており、読むたびに新しい発見がある。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は学校の天の川の授業から始まる。先生が銀河の正体を尋ね、級友のカムパネルラは答えを知っているのに口ごもる。家が貧しく学校でからかわれているジョバンニのために、わざと答えないのだと読者には分かる。放課後ジョバンニは活版所で活字を拾う仕事に行き、それから病気の母に牛乳を取りに出かける。ケンタウル祭の夜、街の子どもたちが歌い騒ぐなか、彼は孤独に丘へ登る。
丘の頂で星空を見上げていると、どこかで「銀河ステーション、銀河ステーション」という声がして、気がつくとジョバンニは銀河鉄道の客車にいる。向かいの席にはカムパネルラが座っており、髪も服もどこか濡れている。窓の外には水晶の砂と燐光のススキの平原、北十字の白鳥座、プリオシン海岸の化石、鳥捕りの男、線路工夫、燈台守と林檎の話が次々に流れる。
鳥捕りが消えたあと、いつのまにか車内に青年と幼い姉弟が立っている。青年は彼らの家庭教師で、航海中に氷山に衝突しタイタニックを思わせる難破事故にあい、ボートまでの道にいるほかの子どもたちや親たちを押しのけることができなかった、と語る。「このまま神の御前にみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました」という告白がジョバンニの胸に響く。「ほんとうの神さま」とは何か、ほんとうの幸いとは何かをめぐって、子どもたちと議論が交わされる。
南十字(サウザンクロス)で乗客たちが降り、ジョバンニとカムパネルラの二人きりになる。やがて車窓に、石炭袋という宇宙の暗黒が現れる。カムパネルラが急に「あすこにいるのは僕のお母さんだよ」と窓を指す。ジョバンニが「カムパネルラ、僕たちいっしょに行こうねえ」と言いながら振り返ると、カムパネルラのすわっていた席にはもうその姿がない。気がつくと丘の草の上に戻っており、街では川で級友のザネリを助けたカムパネルラが流されて見つからない、と人々が騒いでいる。ジョバンニは、早く母に牛乳を届けて父の帰りを知らせようと、河原を街の方へ走り出す。
著者
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