『エピクロス―教説と手紙』
えぴくろす きょうせつと てがみ
エピクロス·古代
エピクロスの快楽主義哲学を伝える書簡と格言の集成
この著作について
古代ギリシアの哲学者エピクロスが紀元前3世紀頃に書いた、書簡・格言・教説をまとめた原典集成。
【内容】
ヘロドトス宛(自然学)、ピュトクレス宛(天文現象)、メノイケウス宛(倫理学)の三通の手紙を中心に、「主要教説」とバチカン写本で発見された格言集が収められる。快楽(ヘードネー)を最高善としながら、それは肉体的な快楽の追求ではなく、苦痛が取り除かれた身体の状態と、動揺のない心の状態「アタラクシア(平静)」として捉え直される。欲望を「自然で必要な欲望」「自然だが不必要な欲望」「自然でも必要でもない欲望」に分類し、友情と隠遁生活、そして死への恐れの克服が説かれる。
【影響と意義】
ストア哲学と並んでヘレニズム哲学の二大潮流を形成し、後世の功利主義や快楽論、モンテーニュ・ガッサンディら近代思想にまで流れ込んだ。ルクレティウス『物の本質について』が詩として再提示したことで、ルネサンス以降も読まれ続けている。
【なぜ今読むか】
「必要なものはわずかで十分。余分なものを求めることこそが貧しさだ」という逆説は、消費と広告に囲まれた現代人にとって、幸福の定義を問い直すシンプルな鍵になる。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書はエピクロス自身が書いた三通の手紙と、「主要教説」と呼ばれる短い格言集、後世にバチカン写本で発見された格言集を集めたものである。原典の大半が失われたエピクロスの教えを、いまの私たちが体系的に追えるのは、ほぼこの一冊と、ディオゲネス・ラエルティオスの著者列伝、ルクレティウスの叙事詩のおかげである。
第一の手紙、ヘロドトス宛では自然学が要約される。万物は原子と空虚から成り、原子は無限で、絶え間なく運動し、ときおり微細な逸脱によって衝突し、世界をかたちづくる。神々は遠い天体の向こうで自足して暮らしており、人間の出来事に介入しない。雷も地震も、神の怒りではなく自然な物理現象である。世界が機械的な仕組みでできていることを知れば、迷信からの解放が始まる、というのが手紙の主旨である。
第二の手紙、ピュトクレス宛では、月食や流星や雷雨など天空の現象が論じられる。エピクロスは現代物理学とは違う仮説を並べて見せるが、強調されるのは複数の説明があり得ること自体であり、天上の現象を一つの神話で固定してはならないと釘を刺す。第三の手紙、メノイケウス宛が倫理学の核となる。「死はわれわれにとって何ものでもない」という有名なテーゼが提示される。生きているあいだ死は来ておらず、死が来たときには感じる主体がいない。だから死を恐れる理由はない、と論じられる。
続いて欲望の分類が示される。自然で必要な欲望は、空腹を満たし渇きをいやすたぐいで、これは満たすべきもの。自然だが必要でない欲望は、贅沢な食事や性的快楽など、控えるべきもの。自然でも必要でもない欲望は、名声や王座のたぐいで、断固として捨てるべきものだ。最高の善は身体の苦痛のなさと心の動揺のなさ、すなわち「アタラクシア」であり、それを支えるのは贅沢ではなく、信頼できる友との簡素な暮らしと哲学的省察である。短い書簡から、消費社会への静かな処方箋が浮かび上がる。