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レ

『レディング監獄のバラード』

れでぃんぐごくのばらーど

近代

出獄後のワイルドが書いた死刑囚への哀歌

文学

この著作について

オスカー・ワイルドが1897年、二年の獄中生活を終えた直後にフランスで書き上げ、1898年にロンドンで公刊した詩作品。同房だった近衛兵の死刑執行を目撃した体験を核に据えた109連のバラードで、ワイルドが生前に公刊した最後の作品でもある。

【内容】

独特の6行連を積み重ねて、妻殺しで死刑判決を受けた青年近衛兵がレディング監獄で絞首刑に処されるまでの日々と、囚人全員がその影を背負って生きる獄中の光景を描く。「人はみな愛するものを殺す」という有名なリフレインが全篇を貫き、社会の司法・宗教・道徳による冷徹な殺人と、犯人自身の愛と罪が重ね合わされる。唯美主義の時代のワイルドとは別人のような、抑制された沈痛な調子が特徴である。

【影響と意義】

19世紀末イギリス詩の最高傑作のひとつとされ、監獄文学・死刑制度への批判の伝統のなかで参照され続けている。出獄後のワイルドの最晩年の精神史を伝える貴重な一次資料でもある。

【なぜ今読むか】

死刑制度をめぐる国際的な議論がなお続くなか、観念ではなく一人の人間の命の重さから書かれたこの詩は、いまも痛切な読後感を残す。

どの訳で読むか

ワイルドの全詩を1冊で読むなら、日夏耿之介訳の講談社文芸文庫「ワイルド全詩」がある(版元ドットコムでは出版社の在庫情報が「不明」、2026年10月時点)。西村孝次訳は青土社の「ワイルド全集」第3巻に入っているが、青土社のサイトのその巻のページには定価の表示がない。題は『レディング監獄のバラード』のほか「レディング牢獄の唄」とも訳されるので、探すときは言い換えて調べるとよい。

  • 日夏耿之介訳講談社・講談社文芸文庫「ワイルド全詩」、1995年

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    ワイルドの全詩を日夏耿之介が訳した文庫で、初出は「日夏耿之介全集」第二巻(1977年、河出書房新社)。解説は井村君江。516ページ、定価は1,760円(税込)。講談社のサイトに書誌が載っていて、版元ドットコムでは出版社の在庫情報が「不明」となっている(2026年10月時点)。

  • 西村孝次訳青土社・オスカー・ワイルド全集 第3巻、1980年

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    詩・詩劇・童話・箴言を収める巻で、題は「レディング牢獄の唄」。465ページ(国立国会図書館の書誌による)。青土社のサイトにも「ワイルド全集 第三巻」(1988年4月発売)のページがあるが、定価の表示はない(2026年10月時点)。

さらに深く

【内容のあらまし】

初版の表紙にワイルドの名はなく、作者名の代わりに、C棟3階の3号房を表すC.3.3.が記されていた。詩の前には、近衛騎兵隊の元騎兵C.T.W.を悼む献辞があり、1896年7月7日にバークシャーのレディング監獄で死んだと記される。本文は6つの部に分かれる。

第1部は「He did not wear his scarlet coat, / For blood and wine are red」(彼は緋色の軍服を着ていなかった、血も酒も赤いのだから)と始まる。愛して殺した女の遺体のそばで見つかった男は、くたびれた灰色の服を着て、未決囚たちのあいだを軽い足どりで歩く。語り手は、囚人たちが空と呼ぶ小さな青いテントを、あれほど切なげに見上げる男を見たことがない。別の輪を歩く語り手の背後で、あいつは吊るされる、とささやく声がする。続いて、苦い眼差しで、お世辞で、口づけで、剣で、と愛するものの殺し方が並べられる。だが殺した者がみな死ぬわけではない。部の後半は、その者は首に縄をかけられることも顔に布をかぶせられることもない、と死刑囚の味わうことを否定形で数え上げる。

第2部で、近衛兵は6週間、中庭を歩き、口を開けて太陽をワインのように飲む。やがて男は未決囚の輪から消え、被告席に立ったのだと語り手は悟り、二度と顔を見ることはないと知る。語り手は、嵐の中ですれ違う2隻の船のように、自分たちは合図も言葉も交わさなかったと振り返る。

第3部で、所長は規則にうるさく、医者は死を科学上の事実だと言い、教誨師《きょうかいし》は日に2度来て小冊子を置いていく。ある日、作業から戻る途中で口を開けた墓穴の前を通り、夜明け前に男が吊るされると悟る。獄舎に入ると、死刑執行人が小さな鞄を提げて薄暗がりを歩いていく。男は夢を見るように眠るが、囚人たちは、一度も祈ったことのない者までひざまずいて夜を明かす。監獄の時計が8時を打つと、獄舎じゅうから叫びが上がる。

第4部、絞首刑の日に礼拝はない。看守たちの靴には生石灰がつき、遺体は監獄の壁際の穴で燃える石灰に包まれる。教誨師は墓の前で祈らず、十字架も立てない。監獄の空気のなかでは、白いばらも赤いばらも咲くことがない。

第5部で語り手は、法が正しいかどうかは知らない、知っているのは壁が頑丈なことだけだと言い、人の建てる監獄はすべて恥の煉瓦で造られると述べる。そして、砕けた心を通らずして主キリストはどうして入れようかと問う。判事が男に与えたのは3週間の命で、男はその間に血の涙で刃物を握った手を洗い清めたという。最後の第6部は、名もない墓に横たわる男を描き、第1部の一句を、各人からすべての人へと言い換えて閉じる。

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