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ユートピア

トマス・モア·近代

理想社会を描いた社会思想の古典

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政治

この著作について

ヘンリー8世の宮廷に仕える法律家・人文主義者トマス・モアが1516年にラテン語で公刊した、近世を代表する社会思想書。

【内容】

全2部構成。第1部はモア自身と友人、そして架空の旅人ヒュトロデウスとの対話で進み、囲い込み運動や死刑の乱用に苦しむ当時のイングランドの現状を鋭く批判する。「羊が人間を食い殺す」という有名な一節はここに置かれている。第2部はヒュトロデウスの独白で、赤道近くに浮かぶ架空の島国『ユートピア』(ギリシア語で「どこにもない場所」と「善き場所」を掛けた造語)の地理・政治・宗教・家族・労働・戦争・国際関係が体系的に描かれる。私有財産制の廃止、6時間労働、男女共通の教育、宗教的寛容などが制度として示される。

【影響と意義】

現実社会を批判するために架空の理想国を描く、という方法自体をヨーロッパに定着させた。『ユートピア』という語は世界語となり、以降の社会思想・SF・ディストピア文学のジャンルを開いた。近代社会主義の先駆として19〜20世紀にマルクス主義圏で高く評価され、同時に宗教的寛容や平等思想の源流としても参照され続けている。

【なぜ今読むか】

著者自身が登場人物として混ざり、本気の提案と風刺的寓話の境界があえて曖昧に保たれている。「今の社会がおかしい」と感じたとき、別の社会像を描く思考実験の手本として、何度でも開ける書物。

さらに深く

【内容のあらまし】

第1部はアントウェルペンを舞台に、外交使節として滞在中のモアと友人ジャイルズが、日に焼けた船乗りラファエル・ヒュトロデウスと出会う場面から始まる。三人は庭のベンチで対話を始め、すぐに当時のヨーロッパ社会の批判へと話題が移る。ヒュトロデウスは英国でモートン枢機卿の食卓に招かれた経験を語り、囲い込み運動で農民が土地を追われ盗賊にならざるをえないのに、その盗みを死刑で罰するイングランドの不条理を糾弾する。「あなたがたの羊は本来きわめて穏和な動物だが、いまは人間さえも食らい尽くすほどになっている」という有名な一節がここで放たれる。

モアは、ならばその知恵を君主の宮廷で生かすべきだと勧めるが、ヒュトロデウスは強く拒む。宮廷では正論は通らず、ただ慣習と権力者の都合に合わせる「斜めから語る術」だけが評価される。本当に社会を変えたいなら、そもそも私有財産制そのものを廃止せねばならない、と。第1部はその主張の根拠を示す導入として、第2部の長い独白を準備する。

第2部はヒュトロデウス一人による独白で、新世界の航海中に五年滞在した島国ユートピアの全体像が語られる。三日月形の島には五十四の都市が等間隔に配置され、どの都市も同じ言語・同じ法・同じ建築を持ち、農村と都市を市民が交代で務める。一日六時間の労働で全員の必要が満たされ、残りは学問と芸術にあてられる。市場では金銭が使われず、必要なものを必要なだけ受け取る。金銀は便器や奴隷の鎖の材料に使われ、宝石は子供の玩具にされて、富への欲を最初から削いでいる。

結婚前には双方が裸で互いを見せあう習慣があり、戦争は最後の手段で、できるだけ敵国の指導者に懸賞をかけて殺人で決着させる。宗教は多様だが、霊魂の不死と来世の賞罰だけは全市民に要求される。最後にヒュトロデウスはこの島こそ唯一の真の共和国だと結ぶ。モアは独白を聞き終え、すべてに賛成はできないが多くの点で他国にも導入したいものだ、と短く感想を述べて対話を閉じる。賛同とも風刺ともつかない曖昧さが意図的に残される。

著者

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