『修行本起経』
しゅぎょうほんぎきょう
竺大力・康孟詳 訳·古代
後漢の竺大力と康孟詳が訳したとされる仏伝。前世の予言から誕生、出家、成道までを語る2巻の経典。
この著作について
後漢の竺大力《じくだいりき》と康孟詳《こうもうしょう》が共に訳したとされる、釈迦の生涯の前半を語る2巻の仏伝経典である。訳出は197年ころとされる。
【内容】
全7品からなる。釈迦はどんな修行によって今の尊さに至ったのかと人々が疑う場面から始まり、その来歴(本起)が説き明かされる。はるか昔、儒童と呼ばれる若いバラモンが五本の花を買い求めて錠光仏《じょうこうぶつ》に捧げ、百劫ののちに釈迦文という名の仏になると予言される。続いて白浄王の子としての誕生、腕前を競う場面、城の東、南、西の門を出て老人、病人、死者に出会い、北の門で出家の修行者に出会う場面、出家、6年の苦行、悪魔を退ける降魔が順に語られる。誕生の場面では、生まれた太子が七歩歩いて手を挙げ、天上天下、唯我為尊、三界皆苦、吾当安之、と言う。経は、悟りを開いた仏が二人の商人に三帰と五戒を授け、かつての錠光仏の予言を振り返るところで終わる。
【影響と意義】
天上天下唯我独尊として知られる誕生の言葉は、本経では唯我為尊の形をとり、三界はみな苦しみであり私がこれを安らかにしよう、という言葉と組になっている。のちに玄奘の『大唐西域記』は、唯我独尊の形でこの言葉を記した。百科事典によれば、のちの経典目録は、南朝の宋の時代に漢訳された別の仏伝と同じ経の異訳の一つに本経を数えているが、内容はかならずしも同じではないという。初期の中国仏教の仏伝をめぐる諸問題を、本経に関連づけて論じた研究もある。
【なぜ今読むか】
有名な一句を、もとの物語の流れの中で読み直すことができる。誕生の言葉は、前世の予言で始まり、悟りののちにその予言を思い起こして終わる物語の一場面であり、切り出された一句とは違う姿を見せる。