『こころ』
夏目漱石·近代
明治の精神の終焉と人間の孤独を描いた漱石の代表作
この著作について
夏目漱石が1914年に「朝日新聞」に連載した、人間の利己心と孤独を深く追究した後期三部作の最終作にして代表作。
【内容】
三部構成。上「先生と私」では、若い大学生「私」が鎌倉の海辺で出会った謎めいた「先生」との交流を描く。中「両親と私」では、「私」の父の病と死がモチーフとなる。下「先生と遺書」は先生からの長い遺書そのものであり、過去に親友Kを裏切って同じ女性と結婚し、その結果Kを自殺に追い込んだ罪の意識、妻にも打ち明けられずに生きてきた長い孤独、そして明治天皇の崩御と乃木大将の殉死を契機に自らも命を絶とうとする決意が静かに書き綴られる。
【影響と意義】
日本文学を代表する小説の一つで、高校の国語教科書に長年採録されている。「近代的個人」が抱える罪の意識と孤独を、日本の文脈でここまで彫り深く描いた作品は稀である。先生の最後の言葉は、個人主義時代の生き難さを象徴する一句として広く引用される。
【なぜ今読むか】
先生の遺書は、日本文学のなかでも群を抜く美しさと緊張感を持つ。誰かと親しくなることの怖さ、自分の心の暗い部分と向き合うことの難しさが、静かに、しかし容赦なく描かれる。
さらに深く
【内容のあらまし】
物語は鎌倉の海水浴場から始まる。大学生の「私」は、肌の色が他の客と少し違う「先生」を見かけて惹かれ、海から上がる先生に話しかける。東京に戻ってからも先生の家を訪ね、孤独で皮肉屋だが時に優しい先生と、その美しい奥さんの暮らしを覗き見る形で交流が深まっていく。「先生はなぜ世間と距離を置くのか」と「私」が尋ねるたび、先生は「いずれ話すときが来る」と答えをそらし続ける。
中盤、「私」は腎臓病が悪化した父のもとへ帰省する。明治天皇の崩御、乃木大将の殉死というニュースが家のなかに重く流れ込む。父が危篤となり、家族が枕元に集まったその瞬間、東京の先生から分厚い手紙が届く。汽車のなかで開いてみると、それは遺書だった。「私」が読み始めたところで、物語は先生自身の長い独白に切り替わる。
下巻はすべて先生の手紙である。若き日の先生は、両親を亡くしたあと叔父に財産を奪われ、人間そのものが信じられなくなる。下宿先の娘さんに恋をするが踏み出せずにいるところへ、親友のKが転がり込んでくる。やがてKもまた娘さんに惹かれていると打ち明けたとき、先生はとっさに先回りして下宿の奥さんに縁談を頼んでしまう。Kはそれを知った数日後、隣の部屋で自ら命を絶つ。
それから先生は結婚生活を続けながら、罪の意識を妻にも打ち明けられず、誰とも深く関わらないように生きてきた。明治の終わりとともに自分の時代も終わったと感じた先生は、若い「私」に過去をすべて打ち明けたうえで、自死を選ぶ。手紙はそこで終わる。「私」がそのあとどうしたかは、書かれない。
著者
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