『風土』
ふうど
和辻哲郎·現代
気候・風土と人間の精神の関係を論じた文化哲学の名著
この著作について
和辻哲郎(わつじてつろう)が1935年に公刊した、風土と人間の精神構造の関係を論じた独自の文化哲学的著作。ベルリン留学中の欧州旅行での体験がもとになっている。
【内容】
気候と地形の違いを、単なる自然科学的事実ではなく、人間の存在のあり方そのものに織り込まれた構造として捉え直す。モンスーン(季節風)型、砂漠型、牧場型という三つの風土類型を設定し、それぞれが人間の精神構造や社会のあり方にどう影響するかを分析する。日本をはじめとするモンスーン圏の忍従と受容の精神、中東の砂漠が育てた戦闘的な一神教、ヨーロッパの牧場が生み出した合理的な自然支配の精神、といった対比が具体的な旅行記の記述とともに展開される。
【影響と意義】
ハイデガーの「世界内存在」を、時間性ではなく空間性・身体性の面から展開した独自の哲学として評価される。文化の違いを環境との関係から理解する視点は、比較文化論の先駆となり、現代の環境思想・生態人類学との接点もある。
【なぜ今読むか】
「なぜ文化は地域によって異なるのか」という素朴な問いに、哲学的に深い補助線を引いてくれる。旅行記的叙述も含まれるため、思想書としては読みやすい部類に入る。
さらに深く
【内容のあらまし】
和辻哲郎はベルリン留学からの帰途で経験したインド洋、紅海、地中海、欧州の風景をきっかけに本書を構想したと序文で語る。彼が問うのは、気候や地形といった自然条件が、単に外側から人間に作用するのではなく、人間存在の構造そのものに織り込まれているのではないか、ということである。ハイデガーの世界内存在論を読みながら、彼は時間性に偏ったその分析に空間性を補うことが必要だと感じていた。
第一段階で風土の概念が立てられる。ここでいう風土は、客観的な気候表ではなく、人がその地域で日々経験する自然との関わり方であり、それを通じて自分自身を理解する場でもある。寒さに震え、暑さに耐え、雨を避け、種をまく。その経験のなかで人はすでに共同で道具や建物や祭りを生み出し、自分が何者かを形作っている。風土は「私たちの自分自身」だと彼は言う。
第二段階で三つの類型が提示される。第一はモンスーン型で、季節風と豊富な雨が育む湿潤な森林と水田を背景にする。インド、東南アジア、中国南部、日本がここに属する。自然は豊かに与え、同時に時に荒れ狂う。住む者は自然に逆らうよりも、その律動に身を任せ、忍従と感受性を磨く方向に発達する。
第二は砂漠型で、アラビアやサハラに代表される。水と緑が極端に乏しく、自然はほとんど敵として立ちはだかる。人は部族として結束し、神を強い唯一の意志として立て、戒律で生活を律する。一神教の戦闘的な気風はこの環境のなかで育まれた、と論じられる。
第三は牧場型で、温帯ヨーロッパに広がる。雨と日照が穏やかで季節は規則正しい。森を切り開き、牧草地を作り、家畜を飼う営みのなかで、自然は法則的で操作可能なパートナーとして立ち現れる。ここからは合理的な自然支配の精神、すなわち科学と工学の母胎が育つ。
中盤で、各類型における家、村、芸術、宗教の具体相が記される。日本家屋の襖と濡れ縁、地中海の白い壁、砂漠のテント、ヨーロッパの石造りの広場が並列に描かれる。
後半で、風土は決して一面的な決定論ではなく、人間の歴史的な応答と絡み合う動的な構造だと注意が促される。日本人がモンスーン的な感受性を抱えつつ、なおも独自の応答を重ねてきた歴史が、台風と地震を例にしながら描かれる。
本書は風土を倫理学の文脈に開き直す試みとして閉じる。