『「いき」の構造』
いきの こうぞう
九鬼周造·現代
日本独自の美意識「いき」を哲学的に分析した名著
この著作について
九鬼周造(くきしゅうぞう)が留学先のフランスで構想し、1930年に公刊した、日本固有の美的概念「いき(粋)」を西洋哲学の手法で分析した独創的著作。
【内容】
「いき」という江戸の美意識を、哲学者らしい精密さで腑分けしていく。内包的構造としては「媚態(異性への色気)」「意気地(張り)」「諦め(こだわりを捨てる軽さ)」の三契機に整理し、外延的構造としては「甘味」「渋味」「上品」「地味」「派手」「下品」といった隣接する美意識との位置関係で「いき」を位置づける。さらに「いき」が日本の芸術・建築・色彩・音楽にどう現れているかを具体例とともに論じる。留学中に学んだハイデガーの現象学を日本の感性の分析に用いた点で独自性が高い。
【影響と意義】
日本の美学・文化論の古典として広く読まれてきた。非西洋的な感覚を西洋哲学の方法で分析するという試みは、異文化理解の方法論としても示唆に富み、のちの日本文化論の雛型となった。
【なぜ今読むか】
哲学書でありながら、江戸文化や日本の美意識の魅力が伝わってくる楽しい一冊。「いき」とは何かを考え直すうちに、日本文化の独自性や、言葉と感性の関係そのものに気づかされる。
さらに深く
【内容のあらまし】
九鬼周造はパリ留学のさなか、日本でしか通じない「いき」という言葉を、フランスの友人にどう説明するかという問題から本書を構想した。序章で彼は、ある民族特有の美意識を概念分析の対象にすることそれ自体の難しさを述べる。意味体験は言語と歴史の中で生まれており、外から記述するだけでは届かないが、内側からも自明すぎて見えない。彼が選ぶのは、現象学的に現れの構造を腑分けする道である。
第一段階で「いき」の意味の輪郭が描かれる。江戸の遊里に発した美意識として、「いき」は身なり、立ち居振る舞い、声音、色合い、所作のすべてに現れる。武士道や町人気質と結びつきながら、独特の張りと粋を備えた態度を指す。
第二段階で「いき」の内包的構造が三つの契機に整理される。第一は媚態である。異性への色気、関係の可能性をほのめかしつつ完全には溶け合わないという緊張がここにある。第二は意気地、すなわち張りである。媚態に流されず、最後の一線を譲らない誇りと意地が必要である。第三は諦めで、世の中や恋への執着をどこかで笑って手放す軽みである。この三つが互いに絡み合うことで初めて「いき」が成立する。
第三段階で外延的構造が提示される。「いき」は単独で浮かんでいるのではなく、隣接するさまざまな美意識のあいだに位置を占める。九鬼は二項対立の軸を立てる。価値性の軸では「いき」は上品と派手のあいだにあり、対極には下品と地味が置かれる。質感の軸では渋味と甘味が両極をなし、「いき」はその中間で渋い側へと寄っている。これらの軸の交差のなかに「いき」を置くことで、独自の場所が見えてくる。
中盤で具体的な現れが分析される。縦縞の着物、淡い色合い、薄化粧、襟足の見せ方、舟唄や三味線の節回し、湯上がりの所作など、衣食住と芸能の細部が次々に取り上げられる。建築では、装飾を抑え木目を生かした座敷の構成が「いき」の空間化として読まれる。
後半で、ヨーロッパの美的概念、たとえば優雅、上品、シックといった語との比較が試みられる。フランス語のシックには近い面があるが、媚態と諦めの絡みは欠けている。九鬼はこのことから、文化のなかでしか生まれ得ない美意識があり、その固有性を尊重したうえで概念化することの意義を強調する。
結部で、「いき」は江戸の二百年の生活様式から産み落とされたものであり、それゆえに普遍と個別を結ぶ哲学的問題を提示している、と締めくくられる。